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第1話
何もいらない。
柔肌に伝わる微かな温もりと……少しの言葉、それだけでいい。
だから、他には何もいらない。
「本当にいいんですか?」
「あぁ。雨が止むまで付き合ってくれたらそれでいい」
その男と出会ったのは、ある梅雨の夜。
ずぶ濡れのまま歩いていた時、たまたま見つけた店の軒下で雨宿りをしていると、男は静かに傘を差し出してくれた。
無造作に揺れる黒髪から覗く目は優しさを帯びていて、暗がりからその表情ははっきりと見えないが、そんな柔らかい雰囲気から俺よりは年下に見え、好都合とばかりにその手を掴んだ。
「別に気にすることないから。お前がどこの誰かなんてどうでもいい。それに優しくしなくていい。ただ快楽に身を任せて好きに抱いて、雨が止んだら忘れてくれたらそれでいい」
本当にそれでいいと思った。
ずっとそうしてきたから。
なのに……
「そこ、ばっか……やめッ……もう、ヤダ……」
「好きにしていいと言ったのなあなたじゃないですか」
「だ、だけど……ん、あぁッ……」
「優しく、したい……なんだかそう思うんです」
男は言葉の通り俺を、優しく……優しく……抱いた。
「何で……」
「理由が必要ですか?」
首筋に舌先を這わせながらそう答えると、俺の身体のあちこちにキスを落とす。
そして最後に優しいキスで唇を包むと俺たちは一度だけ繋がった。
そんな最中 に男はその“理由”を口にする……
「─────だから、ほっとけないし、優しく抱きたい。例え今夜限りだとしても」
愛とか恋とかめんどくさいモノは過去に全て捨ててきたはずだった。
そんなもの無くても生きていけるし、快楽だって得られる。
なのに……その手は、その言葉は、俺を惑わせ、乾いた身体に水が染み渡るようにこの男の優しさに溺れた。
息遣いだけが聞こえる室内に響く雨音。
それは、俺たちを隠すように降り止むことはなく……
ずっと止まないままならいいのに
……と、さえ思った。
~HIDRANGEA~
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