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第1話
雨の音がする。
降り出したのか、それとも元から降っていたものが強くなったのか。
音からしてすぐにはやみそうにないどころかむしろこれから強くなりそうな気配に、仕方なく重いまぶたを開いた。
薄暗い部屋の中は雨のせいか時間のせいか日は差し込んでおらず、ゆっくりと起き上がって湿度の高い空気を追い払うように伸びをする。相変わらず寝た気がしない。
それからほんの少し視線を巡らせ、ベッドの下に投げ出されていたスマホを見つけた。拾って時間を確かめれば、案の定眠ってからそれほど時間が経っていない。ああ、充電が切れそうだ。
始発は動いている時間だし、とりあえず一度家に戻ろう。
この雨じゃ、きっと電話が来る。それまでに家に戻ってシャワーを浴びないと。もし電話がなかったとしても、店に出てしまえばなにかしらやることはあるだろう。
そんな算段をしながら、いい加減切ろうと思ってまだ切れていない中途半端な髪を軽く結びつつ着替えを探していると、もぞもぞと衣擦れの音が響いた。どうやら2号を起こしてしまったらしい。
「なに、帰んの……?」
眠気にこもった声が怪訝そうな調子で問いかけてくるから、「帰る」とだけ返した。
そして見つけた着替えを手早く身につけ、バッグの中にスマホを突っ込んで玄関に向かう。
「じゃあね」
さすがにあの様子じゃ俺を引き留めるために起きてこないだろうけど、一応声だけかけて外に出る。鍵は気が付いた時にかけるだろう。
「ああ嫌だなぁ……」
外は思った以上に雨が強くて白く煙って見えた。一応傘は持っているけれどあまり役に立ちそうにない。
幸いなことにこの家は駅から近いから、スニーカーがしばらく使い物にならなくなるくらいで済むかもしれない。これを見越して駅に近い『抱き枕』の家を選んで良かった。
ただ憂鬱なのは、一度家に帰ってシャワーを浴びたとて、出勤するためにはまた濡れないといけないこと。
雨に濡れるのは嫌い。ぞっとする。だからいっそ雨の日は休んでしまいたいくらいだけど、梅雨時にそんなことを言い出したら店に出る日の方が少なくなりそうだ。それに家にいたってどうせ眠れない。
だったら仕事で犬たちにかかりきりになって世話をしている方がいい。
ため息をついて傘を差して一歩踏み出すと、あっという間に体中がしっとり濡れた。背が人より高い分、表面積が大きいからだろうか。上からだけじゃなく下からも雨が降っているみたいだ。
うんざりしながらなんとか辿り着いた家でシャワーを浴び、さっぱりしたと同時に電話がかかってきた。やっぱりそうだ。用意をしていて良かった。
電話に出て挨拶をして、すぐに行きますと返して切ってから入れ替わるようにタクシーを呼んだ。
さて、仕事をしよう。
竹塔 リン。職業トリマー。雨が嫌い。人に聞かれて答えるプロフィールはそれぐらい。
元から不眠症気味だというのに、雨になるとそれがひどくなり、眠れない、眠っても寝た気がしない、すぐ起きる、というなかなか厄介な症状が増える。
少し前までは寝酒でなんとかしていたけれど、毎日浴びるほど飲んで潰れて眠るというのもさすがによろしくなくて、そんな俺が見つけた方法が『抱き枕』だ。
眠れるための抱き枕。早い話がまあセフレというやつだ。ただヤることが目的じゃなくて寝るためだから『抱き枕』。俺の立場からいったら『抱かれ枕』だろうか。
誰かに疲れ果てて眠るまで頑張ってもらうと、悪夢は見るくらいの時間は眠れるんだ。
相手にはこだわらない。というか、次の日の予定に合わせて相手を選ぶ。とにかく疲れて眠れる1号、駅に近いから帰りやすい2号、外に出なくていい時の3号、後は適宜その時の条件次第。
一時期、そんなものより確かなぬくもりと癒しを与えてくれるペットでも飼おうかと思ったけれど、自分のことが手に負えないのに誰かの命まで預かるのは無理だと至極まともな理由でやめた。俺には、勝手に生きていて体を繋げるだけのセフレがちょうどいい。もふもふは仕事場で十分触れ合えるんだから。
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