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第6話

「今夜はどうする?」  そうやって気を遣って聞いてくれる真倉さんに、少し申し訳なくなって髪を掻き回す。  今夜の予定。俺のための抱きマクラ。 「……ほんと言うと、一緒に寝ようって言われた時に一瞬違う意味なのかと思っちゃったんですけど」  変なこと思ってすいません、ともう一度頭を下げようとしたとき、そっぽを向く真倉さんが目に入った。尻尾の先がくるりと丸まり、先がぱたぱたとなにを物語っている。 「真倉さん?」 「……正直なところ、下心は確かにあったんだが」  少しの沈黙の後、唸るように白状した真倉さんはバツの悪そうな表情を見せた。 「君があまりにもすぐに寝入ってしまったので、さすがに手は出せなかった」  そっぽを向いたままの真倉さんは、少し子供っぽく口をへの字に曲げている。大人の余裕だと思っていたけれどどうやら違ったようだ。 「あーえっと、そーゆーのしたいタイプですか」 「……そりゃあ好きな相手と一緒にいれば、あわよくばとは思うよ。……なんでそんな初聞きのような顔をしてるんだ。もう何度も告白してるつもりなんだが?」  意外過ぎて思わずストレートに聞いてしまったら憮然とされた。  俺が、好きな相手?  そりゃあ確かに何度も誘われたけれど。 「いや、美容師というかスタイリストとしてスカウトされてるものかと思ってました」 「回りくどすぎたか。いや、この場合リンくんの鈍さも問題だとは思うな」  思い返せばプロポーズのようなことを言われたり、付き合ってくれとは言われたけれど、話の流れからして俺の腕だけが必要で、そういう意味で誘われているんだとばっかり思っていた。あれは告白だったのか。 「だって、真倉さんやらしいこととか考えてなさそうだし。全然態度に出てなかったですし」 「気持ち悪いだろう、受け入れてももらっていないのにそんなの態度に出したら」  仕事の都合上ほとんど裸状態でカットしたり、その時に密着したりしていたし、ずっと二人きりなのだからそれなりにアピールをされていればさすがに気づいた。性欲をぶつけられることに対しては数を重ねて慣れているからわかるはずなのに、真倉さんにはそういうものを感じなかった。どうやらそれは、本人が俺に気遣って紳士然としていてくれた結果らしい。  もちろん好意がないのに襲われるような真似をされて喜ぶはずはないけれど、それにしたって隠しすぎだ。したかったのか、そういうこと。 「ちょっと意外。真倉さんってイメージ的にそういうの潔癖そうなのに」 「……ヒトより獣分が強い僕に性欲がないとでも?」  くせっ毛に困っている時は別として、普段はスマートなビジネスマンといった感じだからセックスに対しても潔癖で淡白なイメージでいたけれど、そう言われると納得するしかない。  獣人。獣で人だ。欲がないわけがない。 「そうだな、じゃあ改めて告白するよ。どうか僕と付き合ってくれ。特典は雨の日の安眠でどうだろう?」 「う、それは惹かれる文句……」 「抱きマクラとして優秀だというのは身をもって経験したと思うけれど」  ないはずがない欲を隠してくれるほど俺のことを思ってくれる相手。しかもその特典は長年雨の日の不眠で悩んできた俺にとって殺し文句すぎる。  美しいトパーズ色の瞳を持つふわふわの抱きマクラ。 「……雨の日は安眠、じゃあ他の日はなにをくれます?」  ふと思いついたことを上目遣いで問えば、真倉さんはその綺麗な瞳を意地悪気に光らせた。 「知りたいなら実際付き合ってみるといい。そうしたらいくらでも教えよう。自分で言うのもなんだが、お買い得だよ、僕は」  優秀なビジネスマンはとても優秀なセールスマンでもあるということを知ってしまった朝。 「こちらこそよろしくお願いします」  それ以外答えがあるだろうか?  そして無事限定一個の素敵な抱きマクラに今晩の予約を入れて、俺は天気を確認してから仕事に向かった。  今日は梅雨の晴れ間。さて、天気は夜まで持つだろうか?

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