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1.晴
ざあざあと降り続く雨は止まず、建物も花街で働く人も湿気を帯びている気がする。日が沈みかけの空は暗く、じめじめとした空気が肌に張り付いて気持ち悪い。
紅 楼の2階、娼妓である晴 の部屋も、じめじめとしていた。
「こうも雨が続くと、怠くて仕方ない」
はぁというため息が、静かな部屋に響き渡る。
「でも降ったらあの人がくるかもしれないし...」
なんてぶつぶつと独り言を呟くのは、艶やかな黒髪を背中の中ごろまで伸ばした美しい人。開け放った窓の欄干に凭れ、それはそれは怠そうに呟く。
少し垂れた目が、怠そうな雰囲気をより醸し出していた。
――紅 楼
そこはΩばかりが集められた遊郭である。
花街で生まれたΩや、訳あってこの地で働かなければいけなくなったΩなど、皆同じバース性同士助け合って生活をしていた。
訪れる客は身分のしっかりしたもので、一見はお断り。
発情期のΩたちが乱暴な扱いを受けないように、娼妓それぞれがしっかりと管理され、遊郭といえど快適に働くことができた。
そこの2番手を務めているのが、晴である。
”おっとり柔らかな見た目とは裏腹に、中身はさっぱりとしていてその落差が良い”というのが、晴の客となった人の評価だ。
今年17歳になる晴だったが、目下の悩みは最近できた馴染みである。他とは違うその人が頭からこびりついて離れない。
長考に入りそうだったその時、晴の部屋の襖を開ける音がした。
「晴姐様、おはようございます。起きていらっしゃいますか?」
「おはよう。起きている...けど眠い」
酷く怠そうな晴の物言いに、くすくすと笑いながら近づいてきたのは、晴の世話をしている秋野だ。おかっぱの小さな頭と、ころころ変わる表情が特徴で、彼のことを晴は大層気に入っていた。
「怠そうですねえ」
「怠い、ほんとにだるい」
「でも今日は良い人がいらっしゃる日ですよ」
晴をからかうような目線でこちらを見る秋野に、なんだか気に食わなくてふんっと鼻を鳴らした。
秋野の言う良い人というのは、河野という名の雨の降った日にしかこない客のことである。登楼すると必ず晴を指名し、身体を重ねることなく話をして帰るお人なのだ。
「河野様がいらっしゃるのかい」
「はい。先ほど、使いの者が連絡をしてきました」
「そうか...」
あまり変わらない晴の表情が、心なしか明るくなったように見える。
「ですから、今日はとびきり綺麗なお着物にしましょうね」
なんて、まるで自分のことのようにうきうきと長持を探る秋野を尻目に、晴も心の中では先ほどまでの鬱々とした空気はなくなっていた。
「なら今日は萌黄色の着物にしてくれ」
「ああ!河野様からの贈り物ですね、帯はどうされますか?」
「練色の毬があしらわれたやつにする」
「わかりました」
登楼する日は少ないその人は、来るたびに必ず晴へ贈り物を持ってくる。着物やかんざし、帯に紅。どれも上等な一級品。そしてなんといっても、晴によく似合うものばかり。
だらりとしていた晴をせっつき、手際よく着物を着つけていく。髪の毛は「晴はおろしたほうが似合う」と毎回言う河野様のために結ばずに、香油をつけ艶やかに仕上げる。
できましたよ、と秋野が声をかけるころには、先ほどの怠さなど何処へやら、凛とした姿の晴が出来上がっていた。
仕上げに首元へ首輪をつける。全体的に布で作られたそれは、うなじ部分に晴の首の湾曲に合わせて曲げられた木が縫い付けられている。
首を一周させ、前側で編み込まれた紐をくくれば、Ωを守るための首輪が現れる。
「やっぱり姐様は綺麗ですねえ」
美しいものに包まれた晴はより美しく光り、秋野はすっかりほれぼれとした。
「そうかい、ありがと」
仕事着に着替えたあとのお決まりのやりとりで、気持ちを切り替えた晴は、垂れた目を閉じ深呼吸をしたあと、すっと目を開いた。
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