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第1話

「ごめんね、誠吾。別れて」  心底、俺がβに産まれてきてイヤだと思った日は、この日以外なかっただろう。三年つき合っていたΩの彼女に、あっけなく振られてしまった。  彼女が別れて欲しいと願う理由は、こうだ。 「運命の番と出会ったの。だから、別れて欲しくて・・・・・・それに、誠吾はβでしょう?」  正直、意味がわからなかった。運命の番が現れたからといって、今まで想い合っていた俺への気持ちさえ、なくなってしまうものだろうか。  俺が、βだから。 「きみの写真は、どれも素晴らしいものだと思う。けれど、君はβだから・・・・・・展示してあげられないんだよ。すまないね」  彼女にふられたその日、写真展覧会主催の人から急きょ、自分の作品が展示できないと連絡がきた。ここでも、βが理由だった。  好きでβに産まれたきたわけでもないのに、自分の想いが、自分の才能が、βだからと振り回されて生きていくのが心底、イヤになった。  なかば、やけくそ気味になっていたんだと思う。  月が空のてっぺんまで昇った頃、俺は首から下げていた--写真家になって初めて買った--カメラを、川に向かって放り投げる。 「なにをやっているんだ!」  放り投げようとしていた腕を、誰かに強くつかまれた。 「はなしてくれ! いらないんだ、こんなもの」  振り払おうと抵抗するが、びくともしない。さらにつかまえる力が強くなり、暴れる体をおさえつけるかのように、後ろから抱きしめられる。  認められない、意味のない才能すら、自分で捨てさせてはくれないのかと目頭があつくなり、悔しさがこぼれ落ちそうになった時だった。  突然、体が反転し、視界が白に染まった。  なにが起きたのかわからず、しばらくぼう然としていると、誰かの手が頭に触れた。優しく、包み込むようになでられると、少しずつ自分の気持ちが落ち着いてきたのがわかる。 (俺は、なんてバカなことをしていたんだろう)  初めて自分で買ったカメラを、いままで一緒に仕事をしてきた相棒を、危うくなくしてしまうところだった。ほっと胸をなでおろす。それと同時に、つかまれていた腕がはなされ、視界に広がっていた白も離れていった。 「・・・・・・落ち着いたか」  品位のある静かな低音で、今まで俺を掴まえていた人物はたずねた。 「ありがとうございます。落ち着きましーーーーっ」  落ち着きました。そう言おうとして顔を上げ、思わず息をのんだ。  月に照らされた美しい男と目が合う。スッとした鼻筋、薄く整った唇、それに狼を思わせるような細く鋭いこはく色の瞳。  男の魅力にとりつかれたかのように、俺は男から目が放せなくなっていた。 「佐々木誠吾」 「・・・・・・はい」  ぼんやりとしていたせいか、男の口から俺の名前がでてきたことに驚きもせず返事をしてしまう。 「きみがいらないと言うのなら、きみの才能を私にくれないか」  月の光のせいだろうか、彼のこはく色の瞳がきらりと輝いた。 ーーこれが、写真のような絵画を描くαの男、清水千里との出会いだった

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