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第40話 髭
目を覚ますと、まだぼやけた視界、目の前にゆったりと放り出すように腕があって、それを枕にしてた。
大きな手。
長い指。
先生の、腕。
腕枕なんて、夢みたいだ。先生とセックスして、一晩抱き締めてくれただけじゃなく、腕枕までなんて、こんなの夢っていうかさ、妄想してたことそのまますぎるから、瞬きした次の瞬間、ぱちって現実に戻っちゃったりしない? 目が覚めたりしない?
だって、昨日たくさん、たくさん言ってもらった。
――好きだ。
欲しかった言葉をもらって、欲しがるだけ、先生が抱いてくれた。
でも、贅沢すぎるかもしれない、とも思うんだ。振り返ったら、先生はフワフワと綿飴みたいになって溶けちゃうかもしれない。
キスしたら綿飴に戻ってしまうかもしれない。
枕にしちゃったこの腕にキスをしたら甘いのかも。
だってたしかに昨日くれたものぜーんぶ、甘かった。
「ン……」
本物だと、現実だと確かめたくて、先生のほうへ身体を捩ろうと思ったら、重くて。見れば、腕枕として俺の下敷きになってないほうの手が、俺の腰のところにあって、抱き締めるような格好になってた。腕の中に収まってる。ちゃんと重い。綿飴でできていないとわかる、ちゃんとした腕。先生の寝顔。妄想じゃない、本物の寝顔。
「……」
そっと、そーっと起こさないように。頬を指でなぞっても、綿飴じゃないから消えない。
先生は気持ち良さそうに寝てる。小さな寝息は穏やかで、リラックスしきってる唇は隙だらけ。
一度、うたた寝しているのを覗き込んだことがあったっけ。誰のものにもならないでって願いながら先生が数学準備室で寝ているのを見つめたことがあった。
その人は、今、この時だけは俺のだよ。
ねぇ、あの時の俺、今だけは先生のこと独り占めしてるよ? 先生に好きって言ってもらえたよ? ずっとずっとそう願ってたでしょ?
よかったね。
この人は俺のだよ。ずっとじゃなくたって、今は、俺の。それだけでも充分でしょ?
そう思いながら、あの時よりもずっと近くでその寝顔を見つめた。
「!」
ぁ、すごい!
髭が生えてる! すごいすごい! 髭なんて、俺まだ全然生えてなくて、なんか大人の男って感じ。
うわぁ、指で触ってみたらちょっとチクチクする。じゃあ、もっと繊細な感触のわかる唇でだったら?
「!」
もっとチクチクしてた。
その髭、顎、首ってじっと観察してた。そして見つけた赤い痕。
猫ほど鋭利じゃなく、けれど無抵抗にもほどがあるって呆れてしまうくらいたくさん残ってしまった赤い線の数々。
「うわ……すごい……痛そう……ごめんなさい」
俺がつけた、んだよね? 爪痕。途中から先生にしがみつくばかりだったから、きっとその辺りから夜中までずっと何度も何度も、引っ掻いちゃったんだ。
「たしかにすごいかもな」
「! え? 先生っ? 起きてっ」
「そりゃ、髭をあんだけ突付かれたらな」
「わ、あの、ごめんなさい」
「お前は生えてないんだな」
「っ、ん」
顎にキスされて、身体がヒクンって跳ねる。だって、まだお互いに裸なんだもの。素肌が触れ合って、脚が絡まりあったら、まだ朝の清清しい空気とかには不似合いな声が出ちゃうよ。
まだ身体には昨日の快感が沁み込んだままだもん。
「本当? ちゃんと、先生寝れた? あの、腕痛くない?」
「……」
「痛かった?」
「いや、寝たよ。ずいぶんしっかりと眠れた」
少しびっくりした顔をして、そして、ふわりと微笑まれた。痛いと訊かれたことに驚いたのか、それとも、俺の寝起きが可笑しかった? 寝癖とか? 慌てて、前髪を手で直そうとしたら、その手を捕まれて、眩しそうに見つめられながら俺の前髪を先生がかきあげてくれる。そして、露になったおでこに、頬にキスを。
「先生?」
何? すごい笑ってるけど、なんで? やっぱ痛かった? っていうか、普通は本当に腕枕してもらってる人は熟睡とかしないの? よくわからないけど、大人ルールとかでそうなってるとか? なのに子どもの俺は本当にぐーすかよく寝てたって笑ってる?
だって、あの先生の腕を枕になんてさ、俺にはどんな枕よりも最高だから。でも痺れるんでしょ? 頭一つ分、ずっと一晩ってたしかに重いと思うし。
「この腕枕ってさ、痛いんでしょ?」
クスクス笑って、先生がぎゅっときつく俺の腰を折れそうなほどきつく抱き締める。
「あっン」
「よく知ってるな、そんなこと」
「あ、っ乳首、ダメっ」
すぐに反応にしちゃう。それこそ朝とか夜とか関係なく、身体はまだ昨日のセックスの感触がすごく鮮やかに残ってるから、ダメなのに。
「腕枕がどうの、なんて」
「も、意地悪、だっ」
ほら、もうしたい。肌を齧られて、乳首に歯をほんのちょっと当てられただけで、先生の胸のとこを先走りで汚しちゃうのに。
「知、らないっ、よく雑誌とかで書いてある、の、読んだ、だけ」
昨日、あんなにしたのに。
「あっ……ン、先生」
「痛くないよ」
「?」
中が貴方のことを欲しがってる。
「腕も、肩も、どっちも」
「あ、先生」
「だから、謝るな」
「あっ、あ」
ダメ、おかしくなっちゃいそう。
「先生っ」
キスが激しくて、ゾクゾクした。昨日のセックスを思い出させるように口の中を舌に可愛がられて、絡まり合うと痺れるくらいに気持ちイイ。
「あっ……ン」
くぷりと入ってきた指に蕩ける。中も、声も。
「柔らかい……」
「ン、先生」
「俺も謝らないから」
だって、先生は謝るようなことなんてひとつもしてないよ。俺は望んでここにいるし、先生とセックス したんだから。
「あっ」
「どこも痛くないか?」
「ンっ……ん、痛く、ないっ」
痛くなんてない。それどころか――。
「だから、先生」
自分から脚を広げて、先生のペニスが欲しくてヒクつくそこを見せ付けた。朝日が部屋に入り込んで、全部丸見えで、恥ずかしいのに。
欲しくてたまらない。
「あっ……」
ゆっくり、されて切なげな声が零れた。
「あぁン……」
ゆっくり、柔く、優しく、突き上げられて、昨日と違う甘くて、蜂蜜漬けにされてるみたい。甘い声、甘い挿入、甘いセックス。
「あ、先生」
「葎」
「ン、あっ、ダメ、それっ、だめ」
またしがみつきたくなる。昨日みたいに激しくないのに、恋しさが溢れてしがみ付いてないと溶けちゃいそう。
「掴まれよ」
「や、だ。だって」
「バカ、あのな」
「あ、ぁっ、あっ」
先生が笑って、俺の腕を取ると首に掴まれってって言うんだ。優しいけれど、ペニスは熱くて硬くて。
「好きな奴の爪痕なんて」
「っ、ん」
「嬉しいに決ってるだろ」
「あっ、んっ」
「好きだよ」
腰を打ちつけてくる先生が、俺を抱き締めながらそう、言って、言葉が返せないくらい舌先まで快感が沁み込んだ俺はただキスで返事をしてた。深くて、濃いキス。だから、先生の髭がチクチクしてて、これが夢じゃないって、わかったんだ。
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