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第14話(第1部完):彼の欠点は僕にとって最上の贈り物でした。

 散々泣いて、散々飲んで。  店が閉まる頃には、立派な酔っ払いが出来上がっていた。  隣で見ていた玲二も今日ばかりはと見ぬ振りをしてくれていたが、さすがに歩くことも出来なくなった時には「もっと前に止めておけば良かった」と後悔を口にしていた。  一人では三歩も歩けない幸輝を、帰すわけにもいかない。いや、それよりも寧ろ幸輝の意識が自宅まで保たないだろう。そんな玲二の判断により、二人は急遽ホテルに部屋を取って泊まることになった。  幸いにも翌日は祝日で、幸輝は休み。玲二の方もまだ本格的な選挙前でカレンダー通りの休みになっていた為、二人はゆっくりと朝を迎えることができた。  起きてからすぐに玲二からの小さな説教を受けた幸輝は、未だ僅かに痛む頭を奮い起こしながらシャワーを浴び、帰り支度を始める。玲二と二人でいられるのは嬉しいが、せっかくの休日なのだから家族と一緒に過ごさせてやりたい。その思いから、一刻も早く部屋に帰ることを望んだ。 「本当に、一人で帰れますから大丈夫です」 「帰り道のついでだ。部屋まで送る」  遅めの朝食を取った後、二人でタクシーに乗り、幸輝の部屋へと向かう。  幸輝は大通りで降ろして貰い、そのまま別れるつもりだった。だが昨日の今日だからと心配した玲二が部屋に入るまで見送ると言って聞かないので、仕方なく二人で幸輝の部屋へと向かう。 「亜希さんと里奈ちゃんに、謝っておいて貰えますか。休みの日のパパを借りちゃってごめんなさいって」  鍵を開けた玄関の前で、幸輝は玲二に頭を下げた。 「二人なら分かってくれるから大丈夫だ。それに父親というなら、お前にも該当するだろう」  玲二が、幼子をあやすように幸輝の頭を撫でる。それがあまりにも自分の年に不相応に思えて、幸輝はクスクスと笑いを零した。 「はい、もの凄く過保護なお父さんです」  すると今度は頭を撫でていた玲二の手が、幸輝の頬に触れた。 「また辛くなったら、すぐに呼べ。一人で泣くようなことは絶対するな」 「……ええ。そうしますね」  頬にある玲二の手に自分の手を重ねて、幸輝は約束を交す。  その後、玲二は亜希達の待つ自宅へと戻っていった。  一人で部屋に入った幸輝は、着ていたスーツの上着を脱ぎ捨てると、そのままソファーへと身を落とした。   一人になった途端に、全ての気力が削ぎ落ちた。気分もどん底だ。  ついこの間は、一緒に料理を作っていたというのに、もうそんな休日は幸輝に訪れない。  だが二人の関係を壊してしまったのは、幸輝自身だ。これ程までに自業自得という言葉が当てはまる失敗に、乾いた笑いすら出て来た。  目を閉じると、最後に見た誠一の辛そうな顔が浮かぶ。すると笑いの中に、また涙がじわりと湧いた。  玲二にはあんなことを言ったが、今後仕事場で誠一と顔を合わせた時にはどんな顔をすればいいのだろう。昨日は合わさずに済んだが、これから先はそうもいかない。仕事上、必ず顔を合わせなければいけない時はやってくるのだから。その時、自分は平気な顔をしていられるだろうか。  クッションに頭を埋めながらそんな心配に考えを寄せていると、まるで幸輝の思案を邪魔するかのように部屋のインターホンが鳴った。  時間的なことを考えると、もしかして玲二が何か用事を思い出して戻って来たのだろうか。それなら開けないわけにはいかないと、幸輝は身体を起こして玄関に出る。  しかし、扉を開けた先に立っていた人物は、玲二ではなく――――。 「各務……さん……」  誠一だった。  どうして目の前に誠一がいるのだ。一瞬で混乱に囚われてしまった幸輝は言葉が全く出せず、その場で立ち尽くした。すると突然誠一に手首を掴まれ、そのまま部屋の中へと連れて行かれる。 「か、各務さんっ?」  漸く出せた声で誠一を呼ぶも、反応は返ってこない。ただただグイグイと幸輝の腕を引いて、部屋の奥へと歩いて行く。そんな誠一が勝手知る場所のごとく歩いて向かった先は、幸輝の寝室だった。  無言のまま扉を開けた誠一が、ベッドの前で立ち止まる。と、より強く腕を引かれ、幸輝は押し倒される形でベッドに転がされた。  その上に、誠一が覆い被さる。 「各務さん、あの……」  誠一の顔が息の音すら聞こえる位置にあることに緊張を抱きながらも、突然の行動の理由を尋ねようとする。しかしその言葉は、噛み付くようなキスによって物理的に塞がれた。利き腕は手首で捕まえられ、左手もベッドに着く誠一の肘に邪魔されて自由に動けない。せめても、と誠一のシャツの裾を掴んだが、すぐに意味がないことに気付いた。 「ん……っ、ンンッ……」  誠一の温かく濡れた舌が、唇の重なりを押し開くように舐める。その官能的な感触に身体を震わせた時にはもう、開かれた口腔が強すぎる口付けに飲み込まれていた。  抵抗も儘ならないまま口蓋や歯列、そして舌の付け根を蹂躙され、幸輝は覚えず全身を震わせた。逃げたいとか、嫌だという気持ちは湧かなかったが、誠一から伝わってくる怖いくらいの気迫に本能が逃げようとしてしまう。だが誠一の左手で逃げられないよう顎を抑えられていて、首を振ることさえ叶わなかった。  初冬の乾いた空気に包まれた部屋に、混ざり合った二人の唾液の音が響く。  しかし、その音も程なくすると突然途切れた。  幸輝の唇から誠一の唇が離れて、漸く相手の顔が見られるようになる。深いキスの間、ずっと肺に空気を取り込めなかった幸輝は、クラクラと翳みがかかる視界で誠一を見上げた。  一番に目に入ってきたのは、いつもより深く刻まれた眉間の皺。そして次は眉間の皺に連動して更に鋭くなった双眸だった。 「各……務……さん……」  こんなにも憎しみに包まれた誠一の顔を見たのは、初めてだ。しかも、その憎しみは全て幸輝に向けられている。すぐに悟った幸輝が目を見開いたまま時間を止めていると、胸元でブチンッと何かが引き千切れる音が聞こえた。僅かに首と肩だけを起こして音の方向を見ると、幸輝が着ていたシャツが誠一の両手で力任せに引き裂かれている様子が目に映った。  また目の前で信じられないことが起こり、とうとう言葉も出なくなった幸輝が、呆然と誠一を見つめる。すると引き裂いたシャツの中から露わになった白い肌に向かって、再び誠一の頭が降りてきた。  誠一の体重で、幸輝の身体が再びベッドの上へと磔にされる。その後、首筋に濡れた舌の感触が伝わった。チロリと首の筋に沿って舐め上げられる度に全身が震え、幸輝は無意識の内に誠一のシャツを掴む。  ――――あぁそうか、各務さんはセックスをしようとしているのか。  ここまで来てやっと誠一の行動の意図に気付いた幸輝は、驚きながらもどこか冷静に納得の判を押した。  しかし、こんな風にただただ強引に身体を開こうとするなんて、普段の誠一からは考えられない。となると、やはりそれだけ幸輝に対して怒りの感情を抱いているということなのだろう。  幸輝相手にセックスしようという考えに至った経緯は分からないが、誠一が怒る原因だったらすぐに分かる。そう、確実に一昨日のことだ。  それなら原因はすべて自分にある。そう考えた幸輝の腕から力抜け、誠一のシャツを掴んでいた左手がストンとシーツに落ちる。  誠一を受け入れることが一昨日の告白に対する贖罪だと言うのなら、この優しさの欠片もない行為を甘んじて受け入れよう。幸輝の中で気持ちが固まる。  けれど、どうしても瞳から溢れる涙は止められなかった。 「……っ! 月……瀬……」  幸輝からの抵抗が一切なくなったことに気付いたのか、誠一が顔を上げてこちらを見る。  途端に、誠一の動きが止まった。 「………………悪ぃ」  辛そうに顔を歪めた誠一が、今にも消えそうな謝罪を口にする。それから徐に身体を離し、そのまま背を向けてベッドの端に座った。 「また……俺の悪いところが出ちまった」 「え……?」  ポツリと耳に届いた悔恨を、幸輝は聞き逃さなかった。 「各務さんの……悪いところ?」  幸輝も続けて起き上がり、ぺたんとベッドに座って誠一に尋ねる。 「誰かを好きになると誰にも渡したくなくなって、尋常じゃねぇぐらい嫉妬しちまう。相手の気持ちなんて全く考えずに、自分の気持ちだけ押し付けて束縛しちまうんだ」  だからいつも好きになった人間に逃げられるのだと、シーツをぐっと掴んだ誠一が、苦しそうに自身の過去を語った。  どうやら、誠一が今まで結婚しなかった理由は、彼が持つ欠点にあったらしい。  好きになった人間が出来ると、その人間の全てを自分のものにしたくなる。片時も離したくない。いつも自分の方を見て、他の人間は目に入れないで欲しい。そんな願いを押しつすぎて、いつも相手に逃げられてしまうのだそうだ。 「一昨日、お前から告白されて……すぐに受け入れられなかったのも、お前に欠点を知られて嫌われるのが怖かったからだ。けど、あの後ずっと考えて……身勝手だけど、やっぱり俺はお前のこと手放せないって思い知った」  説明しながら、ガリガリと乱暴に頭を掻く。 「そのことを伝えたくて昨日から待ってたけど、お前、なかなか帰ってこなくて……」 「え、各務さん、昨日からずっと僕のこと待っていてくれたんですか?」 「まぁな。……それで、漸く帰ってきたと思ったら知らない男と仲良さそうにしててよ。それ見たら我慢ができなくなった」  無理矢理組み敷こうとしたのは、全て嫉妬から来るものだと告白され、幸輝の中で僅かな希望が生まれる。 「あの……それって……」  勘違いならまた迷惑を掛けてしまうと、逸る気持ちを抑えて恐る恐る聞く。すると、耳や首筋までも真っ赤にした誠一が、幸輝が求めて止まなかった言葉を口にした。 「俺も、お前のこと好きだ。勿論、恋愛感情としてな」  耳を通り抜けた誠一の告白に、心臓をキュッと掴まれる。 「……っ! か、各務さんっ……本当に? 本当に、男の僕が相手でいいんですか?」 「男とか、関係ねぇよ。俺は……お前っていう人間が好き……なんだからよ」  その言葉を聞いた瞬間、幸輝は堪えられずに誠一の背に飛びついた。 「うぉっ」  いきなり幸輝に全体重を掛けられ、誠一が前のめりに倒れそうになる。 「嬉しいっ……!」  幸輝は、これ以上ないぐらいの力で誠一を抱きしめる。その時、幸輝の肌に伝わって来た誠一の鼓動は、幸輝と同じぐらい大きく、そして早かった。 「各務さんっ、大好き!」  抑えられない歓喜を全身で表しながら、何度も気持ちを言葉にすると、誠一は応えるように幸輝の腕に手を添えた。 「いいのか? さっきので分かる通り、俺の束縛は普通じゃねぇぞ? お前のこと縛っちまうし、醜い嫉妬で押し潰しちまうかもしれない」 「僕だって、尋常じゃないぐらい依存します」 「何だよ、お前に依存されるってんなら、寧ろ幸せだ」 「それなら、僕も幸せです」  構わないから好きなだけ束縛して下さい、と願うと、漸く誠一が身体ごと振り返ってこちらを見た。  向かい合った時の誠一の顔は、幸輝がよく知る優しい笑顔だった。 「今度は、ちゃんと目を見て言わせてくれ」  誠一の大きな手が、幸輝の両頬を包む。 「月瀬……いや、幸輝―――愛してる」 「な……あっ………」  不意打ちのごとく下の名で呼ばれた幸輝は、瞬間的に耳まで真っ赤になった。  心臓がバクバクと、聞いたことのない音を立てて鳴る。きっと出るものなら、頭から湯気が噴射しているところだろう。 「ず、ずるいです、各務さん。僕を殺す気ですか?」 「誰が殺したりなんかするかよ、勿体ない。それより……名前、ちゃんと呼べよ」 「え? 各務さん?」 「違う」  名字で呼んだことを否定され、幸輝はハッと気付く。これはもしかして、と緊張の面持ちで呼び慣れない下の名を必死に紡ぎ出した。 「せ……せい…………誠一さ……ん?」  それは拙い言葉だったが、それでもご褒美と言わんばかりに誠一はチュッと軽いキスをしてくれた。しかし、そのキスはすぐに深くなって、また二人の唾液が混ざる音が、部屋に響き始める。  さっきのとは違う、互いの思いが通じ合ったキスだと頭が理解すると、連動するように心臓が大きく跳ねた。  自分が、誠一と愛し合うキスをしているなんて、未だに信じられない。夢ではないかと閉じていた目を薄く開くと、誠一の顔が見えて安心する。 「ンッ……誠一……さ……」 「ん……? どう……した……」  キスの合間、空気を取り込む為に離れた僅かな時間で誠一を呼べば、すぐに応えてくれる。 「僕……、誠一さんが……欲しい」  その言葉だけで、誠一は幸輝が何を求めているかをすぐに悟って微笑んだ。 「ああ、いいぜ。俺なんかで良かったら、いくらでもやるよ」  誠一は自身が着ていたシャツのボタンを外すと、躊躇いなく脱ぎ捨てた。  全体的に細い。けれど、しっかりとした筋肉が腕についていて、見惚れてしまう。 「知ってるか? お前、女だけじゃなくて、男にも結構人気あるんだぞ」 「そう……なんですか?」 「ああ、一部の奴等はお前が女だったらなんて、下手な夢見てやがる。でもな―――」  上半身裸になった誠一が、今度は幸輝のシャツに手を掛けた。先程の一件でボタンが全て飛んでしまったシャツは合わせを開いてしまえば、すぐに下の肌が曝されてしまう。 「性別なんて気にしてる奴に、お前は渡せねぇ。……まぁ、今となっては例え男でもいいって言う奴が出て来ても、お前は渡すつもりなんてないがな」 「誠……一……さん……」  誠一が格好良すぎる。  こんな誠一を、ただ単に束縛が強いからと捨てた女性達は、後で後悔するだろう。否、絶対後悔するはずだ。   ――――まぁ、今更後悔したところで、誠一さんは渡さないけれど。  誠一が聞いたら驚くようなことを考えながら、幸輝はニコリと最上級の笑顔を浮かべる。 「ああ、やっぱお前って綺麗だな。顔は元から知ってたが、身体も見てると吸い付きたくなる」  言葉を表すように、誠一は露わとなった幸輝の胸に唇を寄せた。  温かな唇の感触が触れた後、すぐに肌を強く吸われ、幸輝はビクリと身体を震わせる。 「肌白いから、キスマークつけるとすげぇ目立つ。何か……俺のものだって見せつけてるみてぇだ」  幸輝の肌に咲いた所有印を見て、まるで子供のように喜ぶ誠一が愛おしくてたまらない。幸輝は微笑まずにはいられなかった。 「僕は、誠一さんのものですよ。勿論、全部……。だから、いっぱい痕つけてください」  許可を渡すと、誠一はもっと嬉しそうな顔で首筋や腕に幾つもの花を咲かせていく。  舌の感触は最初、擽ったさの方が勝っていたが、鎖骨を伝った唇が胸の突起に到着すると、 じる感触はがらりと変わった。 「ん……」  男は女性と違って、胸に性感帯なんてない。だから吸われても擽ったさしか感じたことがない。それなのに、相手が誠一というだけで、身体が反応した。  じわりじわりと、腰が辺りが熱くなり始める。 「なぁ……こんな時にって思うかもしれねぇけど……やっぱ気になるから聞いていいか?」  幸輝の胸を舌で執拗に弄りながら、誠一が問う。 「な……んで……すか?」 「さっき一緒にいた奴。あいつとは……どんな関係なんだ?」  束縛が強い誠一は、玲二との関係が気になって仕方がないのだろう。こんな時にとは幸輝も思ったが、その束縛ごと誠一を受け入れたのは自分だ。だから嫌だなんて、少しも思わなかった。 「玲二さんの……ことですか? 玲二さんは、僕のお父さん……っ……みたいなものです……。実際……本当に、僕の母と……結婚してますし……ぁっ……」  ただ、胸への愛撫を続けられたまま、答えさせられるのは勘弁して欲しいと思った。今の質問ならまだいいが、これからも同じように快楽を与えられながら何かを問われたら、何一つとして隠すことなく口にしてしまうだろうから。 「お前の母親の? 何だ、そうだったのか……変な勘違いして悪かったな」  幸輝の胸元で誠一が謝る。 「いいんですよ、そんなの……」 「いや、お前が良くても俺が許せねぇ。詫びと言っちゃ何だが……、精一杯お前のこと気持ち良くさせてやるから」  幸輝のズボンに手をかけた誠一が、片手で器用に留め具とファスナーを外す。腰回りにゆとりが出来たところで下着ごと全て降ろすと、徐に露わとなった幸輝の性器に唇を這わせた。 「え……?」  唐突に空気に曝されただけでも緊張するというのに、下腹部を舐められるなんて。幸輝は慌てて起き上がり誠一を止めようとしたが、既のところで性器を口に含まれ、伸ばした指が呆気なく落ちる。 「ダメです、誠……っ、あっ……」  肉芯を絶妙な舌使いで嬲られ、余すところなく舐め上げられ、そして時折強く吸われる。更に芯の付け根を長い指で柔々と揉まれると、幸輝はさざ波のように押しては引く快楽に襲われた。  あまりの刺激に目尻が震え、鼻に抜けるような声が断続的に漏れる。  こんなにも早く絶頂の兆しが見えたことは、今まで一度だってない。確かに誠一との今日を迎えるまで、自分で慰めた回数はそう多くはなかったことは認めるが、それでもこの早さは異常だ。  幸輝は戸惑いが隠せない。 「誠一さん、離し……んっ、ぁ……出……る」 「いい……から、出せよ……」  それが当たり前のように言われても、幸輝は素直に首を振ることなんて出来なかった。必死に押し寄せる熱の解放を堪え忍ぶ。だが意思に反して滲み出る先走りを、一滴すら逃さないと言うかのように舐め取られると、その舌の感触に声が漏れた。 「ん、ぁ……っ……あ……っ」  さすがに同性ということもあって、誠一はどこをどう扱えばいいか分かっている。勿論、同性との経験がある幸輝も知ってはいたが、それはする方であってされる方の話だ。  昔、付き合っていた相手に舐めてくれと頼まれ、言う通りにしたことはあった。けれど一度だってされたことはなかった。だから幸輝の中で、自分が相手に口淫されるという感覚は持ち合わせていないのだ。  それなのに。 「あぁっ……っ!」  快楽の波に耐えられなくなった下腹部が、ビクンッと覚えのある痙攣を起こす。その後、すぐに熱が奥から流れ出ていく感覚に囚われた。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「すげぇ良い声だった」  気持ち良かったか、と火照る顔を覗き込まれ、幸輝は恥ずかしさから慌てて顔を逸らした。 「もう……どうして……―――っ!」  身体を起こし、誠一に問おうとした途中で幸輝は自分の身体に付着した精液の量の少なさに気付く。普通なら受け止めない限り、放出した熱は腹に付着するはず。それなのに、自分の身体は全く汚れていない。それなら別の場所に飛んだのかと思って周りのシーツに視線をやったが、やはり飛んだ跡は見当たらない。  まさか―――と、幸輝は目を見開く。 「誠一さん、もしかして……飲んだ……?」 「ん? ああ、飲んだけど?」 「う……そ……」  あんなものを飲んだなんて。そんな言葉を顔に浮かべながら驚いていると、誠一は幸輝が驚いている意味が理解出来ないといった顔を返して来た。 「好きな奴のなら、飲むぐらい平気だろ?」 「そりゃ……僕だって誠一さんのなら、平気ですけど……僕のは何だか……申し訳なくて」 「何言ってんだよ。セックスっていうのは、お互いが気持ち良くなるもんだろ。俺のが良くてお前がダメなんてアンフェアなことしてたら、そんなの愛し合ってるなんて言えねぇよ」 「そう……なんですか?」  男なんて、大概がセックスを自己の欲求発散だと思っている生き物だ。口ではどんなに熱い愛を囁いても、最後は結局自分の快楽を優先させる。それが男同士となればもっと顕著になって、受け身側なんて愛される代わりに苦痛を受け入れるのが当然だった。  だが、誠一はそれを違うと言う。 「ああ。だから俺もお前に気持ち良くして貰う代わりに、俺もお前に気持ち良くなって貰いてぇ。その為なら、何だってしてやれる」  甘く語った誠一の手が、幸輝の膝を左右に割る。必然的に露わとなって下腹部を凝視され、恥ずかしくなったが誠一が注視しているのがついさっき熱を放った性器ではないと分かると、幸輝は嫌な予感がして身体を強張らせた。 「誠一さん、まさか……」 「勿論、後ろも舐めて濡らしてやるよ。じゃないと大変なんだろ?」 「何でそんなこと」  知ってるんですか、と幸輝は項垂れる。裸の、しかも足を大きく広げた姿でこんな遣り取りをしているなんて、端から見たらきっと滑稽だろう。でも聞かずにはいられなかった。 「お前、俺がいくつだと思ってるんだ? そりゃ、四十年以上も生きてりゃ、それなりの知識は自然と身につくもんだろ。…………っていうのは嘘で、実は顧客に一組そういう関係の奴等がいるんだよ。そいつらが聞きもしないのに、そういうことベラベラ語ってくれるもんで、知識だけはな……」 「そうだったんですか……」  きっと顧客思いの誠一のことだから、嫌な顔もしないで話を聞いてあげたのだろう。その時の光景を想像すると、何だか微笑ましくなった。  だが、それと今は全く別の話だ。 「でも、そういうこと……しなくていいです。そんなことされたら、僕……恥ずかしくて倒れます」 「でも、俺はお前の身体を傷付けたくない。これだけは俺も譲れねぇぞ」  そう言い切る誠一の意思は固そうだった。ここまで意思が固いとなると、末には「それなら、ちゃんと準備を整えてからにしよう」なんて言い出すかもしれない。せっかく誠一と一つになれる機会が訪れたというのに、それでは勿体ない。考えた幸輝は手を伸ばすと、そっと誠一の右手を取った。 「それなら、今日はこれで我慢して下さい……」  幸輝は両手に包んだ誠一の右手を自分の口の前に持って来ると、長い指を口に含んだ。  人差し指と中指を順番に、そして丹念に舐め上げて十分に濡らす。人の指を舐めたことなんてない為か、舌や唇を動かす際に零れた唾液が、口の端を伝う。そのまま誠一を見上げれば、そこには一段と男の欲を濃くした双眸と視線が絡み合った。 「幸輝っ」  突然肩を押され、シーツの上に倒される。 「誠……んっ……ンンっ」  息継ぐ暇もなく濡れた唇を貪られ、驚いていると、開いた足の奥、薄い双丘の間に隠れていた窄みに何かが触れた。しかし、すぐにそれが濡らした誠一の指だと幸輝は気付く。 「痛かったら絶対に言えよ」  念を押すように言って、誠一はゆっくりと触れた窄みを押し開く。最初は緩やかな円を描くように、じっくりと時間を掛けて。やがて唾液のヌメリも手伝ってか、固く閉じた入口が緩み始める。  ただ、それでも誠一は事を性急に進めることはなかった。 「痛くねぇか?」 「大……丈夫……です」  唇だけではなく、頬や瞼、耳朶など様々な場所に口付けを落としながら、その度に確かめてくれる。  幸輝は、尋ねられるごとに首を縦に振りながら、ああ、自分は誠一に愛されているんだなと、泣きそうになった。  さっき誠一が言ったように、愛し合うことは互いが平等でいなければいけないというなら、幸輝が初めて愛し合う相手は誠一なのだろう。そう思うと、嬉しくて涙が止まらなくなった。 「おい、やっぱ痛いのか?」 「いえ……違います、僕……誠一さんに愛されてるんだって……思ったら……嬉しくて」  熱い吐息を吐きながら、心で思っていたことを伝える。すると心配そうにこちらを見ていた誠一が、安堵の息を吐いて、穏やかに笑った。 「だったら、俺も嬉しくて泣いちまいそうだ。運命の相手がお前みたいな心も身体も全部綺麗な奴だっただけでも嬉しいって言うのに、それを手に入れることが出来たんだからな」  誠一は自分の額と幸輝の額をコツンと合わせ、心の底から嬉しそうに囁く。その眦が、微かに濡れているように見えるのは、絶対に錯覚ではない。 「誠一さん……好……き……ンッ……」  身体の中と外、どちらからも誠一の愛が感じられる。そんな気持ちが幸輝の熱を刺激したのか、いつの間にか付け根まで挿入されていた指の動きに、腰の辺りが反応を示すようになった。 「ん……はっ……ぁ……」  誠一の指が、幸輝の中で動いている。意識をそちらに寄せると、信じられないほど心音が早くなって、恥ずかしさに抗うことなんて考えられなくなった。 「すげぇな、その顔。見てるだけで、理性が吹っ飛びそうになる」  中を掻き回す指が大きく動く度に連動して声が漏れ、表情も蕩けてしまう。その顔を見て、誠一はゴクリと喉を鳴らした。  密着した肌に当たる誠一の下腹部の昂ぶりが顕著になっているのが、ズボン越しからでも分かる。 「いい……っですよ、飛ばして……ンッ、あっ……」 「いや、まだだ。ここの中で……お前が感じる部分見つけるまでは、俺もお預けだ」  長い時間をかけて解した幸輝の秘奥の中で、誠一の指先が何かを探すように襞の壁を押す。最初は挿入の為に内側を柔らかくしていると思っていた幸輝だったが、不意に今まで何ともなかった場所を強く押された時――――。 「ぁ……い、やっ……っ!」  爪先から頭に向かって電流のような衝撃が走った。  途端に膝がガクガクと震え、力が入らなくなる。 「ここ、か……」 「なに? これ……や、ぁ! おか……っしい……」   見つけられた場所を指先で何度も強くなぞられると、自然と高く大きな声が出てしまう。  何度も男を受け入れたことはあったが、こんな衝撃を体感したのは初めてだった。一体、自分の身体に何が起きたのか。不安になった幸輝が大きく首を横に振る。 「大丈夫だ、変なことじゃねぇから怖がらなくてもいい。ここが、俺とお前が一緒に気持ち良くなれる場所だ」 「誠……一さ……」 「絶対に気持ち良くさせてやる。でも、どうしても不安が強いっていうなら、俺に抱きついてろ」  空いている手で手首を掴まれ、そのまま誠一の首まで誘導される。幸輝は言われるがまま、もう片方の腕も上げると、誠一の首にギュッとしがみついた。 「それでいい。じゃあ……入れるぞ」  幸輝の中から、ズルリと指が抜けていく。内側を占めていた圧迫感から解放されたことで身体への負担は小さくなったが、代わりに物足りなさが残った。  しかし、それもすぐに入口へと宛がわれた熱の塊によって解消される。 「あっ……」  ゆっくり、本当にゆっくり、壊れものを扱うかのように慎重に誠一が幸輝の中へと入って来たのだ。  反射的に眼を閉じたら、誠一を受け止める以外の全てが分からなくなる。  無論、内側は誠一が念入りに解してくれた為、少しも痛みを感じない。それどころか、先程見つけられた場所へ早く到達して欲しいと本能が願った。 「あ……あ、ぁ……」  どんどん、誠一が入って来る。  肉塊の先端が奥に進むごとに、自分の身体が誠一の所有物になっていくような感覚に陥り、幸輝は嬉しさに全身を震わせた。 「お前の中……すげぇ温かくて……気持ち良い」  幸輝の耳朶に、誠一の熱い吐息が吹きかかる。だが、それすらも今の幸輝には欲を刺激する材料の一つとなった。  幸輝の熱が、二度目の昂ぶりを見せ始める。すると肌をくっつけていることでそれに気付いた誠一が、今度は手で刺激を与えてくれた。同時期に中を進んでいた誠一の熱も目的の場所まで到達し、刺激が前と後ろ双方からのものになる。 「や……くっぅ……ひぁっ! ダメ、誠一さ……っ」  酷く緩慢な動きで内側を攻める誠一の肉塊は、狙ったように性感帯の前後を滑る。先端の雁首がまるで抉るかのように感じる部分を押し上げると、その度に幸輝は襞を大きく踊らせた。 「くっ……」  内側を動かすことが誠一への刺激にもなっているのか、次第に耳朶に吹きかかる吐息が荒くなって来る。 「誠一……っ……さん、もっと、動いて……んぁっ……いい……です……っ」  幸輝の耳元に誠一の唇があるということは、誠一の耳元にも幸輝の唇があるということになる。幸輝もまた熱い息と共に承諾を吐き出した。  誠一にも気持ち良くなって欲しいから。そう続けると、誠一が一気に腰を大きく引いた。  そして、引いた時と同じ早さで最奥へと打ち付ける。 「ぅ、ああっ……っ!」  その時の衝撃は、もう言葉にすらならなかった。目を開いているはずなのに、視界に火花のような眩しい光がチカチカと散る。  無意識に背中を反らすと、今度は浮いた腰を両側から掴まれ、固定した状態で打ち込まれる。その動きは誠一が己の欲に理性を奪われているように見えたが、腰を打ち付ける場所はちゃんと幸輝の性感帯を捕らえていた。  こんな状態になってでも、幸輝のことを忘れないでいてくれる。その優しさに少しでも応えたくて、幸輝は出来る限り誠一の腰の動きに合わせて中を締めつけた。 「……っ……幸輝……、悪ぃ、もう……イきそうだ」 「僕も……ぁ……あっ、あっ」 「じゃ、一緒に……イこうぜ……二人で……」  誠一が自分の絶頂に合わせて、幸輝の前の刺激を強める。 「幸輝……もう絶対に……くっ……お前のこと離さない……からな……。お前は、俺の……もんだ」 「や、あっ、んぁっ!」  後ろだけでも二度目の吐精を迎えそうだったのに、前も攻められ、とうとう限界を迎えた幸輝は、喉の奥が焼ける程高い声を上げて下腹部を震わせた。 「あ、あ、んあぁっーーっ!」 「うっ……」  ドクン、ドクンと二つの塊からそれぞれ滾った雫が放たれる。だが、それらはそれぞれ届く場所が違った。  一つは、幸輝の腹の上へ。そしてもう一つは腹の中へと注がれた。 「……はぁ、はぁ」 「はぁ、はぁ……」  肺を大きく揺らしながら息を吐いていた誠一が、幸輝の中からゆっくりと出て行く。誠一との繋がりが途切れた幸輝の身体は、糸が切れた人形のようにベッドの上へと沈んだ。 「大丈夫か……幸輝……」  心配そうに様子を見ながら、誠一は汗でびっしょりと濡れた幸輝の額を撫で、涙が溜まった眦に口付ける。  「平気……です……」 「よく、頑張ったな?」  掛けられたのは、頑張った子供を褒める親のような言葉だったが、今の幸輝には何より嬉しかった。 「誠一さん……気持ち、良かった?」  枯れた声で尋ねると、誠一は勿論と言って微笑んでくれた。 「ああ、気持ち良すぎて、お前以外の人間抱けなくなった」 「ふふっ、それは良かった」  身体一つで誠一を繋ぎ止められるなら、安いぐらいだ。 「だから、お前も……他の奴に抱かれんなよ」 「はい。誠一さん以外、誰にも抱かれません」  笑顔で約束すると、誠一は思いきり幸輝を抱き締めた。これは俺のものだ、と主張するように。  何も言われなくても、その気持ちを汲み取った幸輝も誠一の背中に腕を伸ばし、抱き締め返した。  大好きな誠一の匂いが、鼻を擽る。逃さないように大きく吸い込むと、身体中が幸せで満たされた。 第1部 END

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