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第17話:本物の悪夢
全体的にモダンで統一された室内は、隅々に至るまで手の込まれた作りをしていた。
大の男が寝転がってもまだ余裕のあるソファーは、全てが本革張り。壁には有名な絵画が何点も飾られ、それだけで高級感を醸し出している。ソファーの前に置かれたガラスのローテーブルの上にはウェルカムドリンクなのか、ロックアイスで包まれたシャンパンが横たわっていて、その横には色とりどりの花弁が散りばめられている。
大方、高層階から見える都内の夜景を見ながら、それでも飲めという意味で置かれているのだろう。
大体、多くても数泊するだけのホテルにリビングルームなんて必要なのだろうか。ホテルというのはベッドルームとバスルームさえあれば充分という概念を持つ幸輝にとって、高給マンションの一室のような部屋は理解し難いものがあった。
「良い部屋だろう? お前を置くのにぴったりだと思って用意させた」
「無駄に広いだけで、僕は全く落ち着きません」
人を『置く』だなんて失礼にも程がある。この男は、どこまで人を物扱いすれば気が済むのだろうか。幸輝は精一杯の嫌悪と、僅かな恐怖を言葉に変えて、東岡に投げつけた。
「わざわざセキュリティフロアに部屋を取ったのは、記者対策ですか? そこまで心配するなら、僕なんて呼ばない方が良かったんじゃありませんか?」
昔は同じスィートルームでも、セキュリティが施されていないホテルだった。そのせいで週刊誌に記事を書かれたことを、恐らく気にしているのだろう。
「もう前のような失態は犯さん。お前が自分で公にしない限りは、記事にはならんよ」
幸輝が言えないことを分かっていて言う東岡の狡猾さに、拳を握り締める。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
先程から一切東岡を見ず、窓の外ばかりを見ていた幸輝の背後でグラスにシャンパンを注ぐ音が響いた。
「党の方から私の推薦で一人、新人を立候補させてみないかと打診があった」
幸輝は、何も言わずに夜景を見ながら話を聞く。
「玲二が私の秘書になって十年。そろそろ頃合いかと思うんだが、事務所にはもう一人候補者がいてな。二人の内のどちらを推そうか迷っている」
嘘を吐け、本当は決まっているくせに。幸輝は心の中で東岡を詰る。
東岡はこういう男だ。人の心を揺さぶるような言葉を吐いては、顔色を見て楽しむ。この男の狡賢さに、弱味を握られた議員も少なくはない。
「推薦者を決めてしまえば、当分の間はその人間に掛かりきりになるだろう。だから事務所のことを良く知るお前にも、意見を聞こうと思ってな」
どう思う、と問われた幸輝は窓越しに東岡を見ると、よく磨かれた窓に不敵に笑う男の双眸が映っていた。もう五十代も半ばで、容姿も相応に年を重ねているというのに、目の強さだけは衰えない。ギラギラと獲物を狙う目で、幸輝を見つめている。
ソファーに深々と座り、口角を上げながらシャンパンを口にする姿はいかにも権力者そのものだ。ただ、幸輝の目には悪魔としか映らない。
「そんなことを言って、貴方は端から僕の意見なんて求めていないんでしょう?」
東岡が言いたい言葉はただ一つ。玲二の将来と引き替えに以前の関係へと戻れ、だ。回りくどく聞くことが面倒で核心を衝くと、背後でククッと小さな笑いがたった。
「やはりお前は頭がいいな。わざわざ余計な説明をしなくても済む」
ソファーから立ち上がった東岡が、幸輝の背後に立つ。腕を引かれ、強引に東岡の方に向かされると、獣の色をした双眸に捕らわれた。
逃げられない。幸輝は、瞬時に悟って唇を強く噛んだ。
東岡との関係なんて戻したくないが、生まれてからずっと支えてきてくれた玲二の将来を盾に取られてしまったら、もう否とは言えない。
「理解出来たなら、次にすべきことも分かるな?」
東岡の太い指が、幸輝の白い頬をそろりと撫でる。
──誠一さん……。
今から東岡とすることを考えた時、一番に思い浮かんだのは誠一の顔だった。同時に胸が引き裂かれんばかりに痛み出す。
抗えるものなら、抗いたい。けれど今の幸輝では抗ったところで赤子が戦場に向かうようなものだ。結果も見えている。
必死に考えても僅かの逃げ道すら見つけられなかった幸輝は、眉を顰めながら目を伏せると、ゆっくりとシャツのボタンに震える指かけた。
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太い指が、無造作に内側を掻き回す。
たっぷりとジェルを使って幸輝の秘奥を解すのは、幸輝に快楽を与える為ではない。自分が心地好く挿入する為だ。
その行為がただただ気持ち悪くて、幸輝は眉間の間に皺を寄せることしか出来ない。
せめて現実を受け止めないようにしようと思いきり横を向いて、覆い被さる東岡から顔を逸らした。
「余程、私の顔は見たくないみたいだな」
当たり前だという言葉を、更に深くした眉間の皺で代わりにする。しかし、それが東岡の気に障ったのか、それとも嗜虐心に触れたのか、内側を弄る指の動きが乱暴なものになった。
「くっ……っ……ん……」
襞を強引に押し広げられる不快感を、奥歯を噛むことで堪える。
「お前のここは、本当に男を受け入れる為にある場所だな。柔らかくて弾力があって、それであって絡み付いたものを離さない。この容姿と共にそちらの世界へ行けば、億万長者も夢じゃないだろう」
望むなら紹介してやるぞと鼻で笑いながら、内側に小さく指を立てる。
「んっ、あぁっ!」
痛みと、感じたくない快楽が混ざり合って、脳に伝わった。その反応が面白かったのだろう、東岡は幸輝の反応がおさまった頃を見て、何度も中で指を立てた。
「いっ……ゃ……あっ……」
流れた涙で睫が濡れる様子を見て、東岡が満足そうに笑う。
「いい顔だ。さぁ、そろそろ頃合いか」
後孔から、東岡が指を引き抜く。グチュンと一際大きな音を立て二本の指が抜けていくと、内側へたっぷり注がれたジェルが続けて零れた。
「待ってろ、すぐにお前が欲しくて堪らないものをやる」
きっと、このまますぐに入れる準備をするのだろう。予測した幸輝がピクリとも動かず待っていると、突然横を向いていた顎を掴まれた。
「くっ……」
強引に東岡と顔が合うよう、顔の向きを変えられる。
目尻に深く刻まれた皺に、白髪が僅かに交じった髪の毛。そして見ているだけで不愉快になる、勝ち誇った表情が視界に入った。
「ほんの数ヶ月前までは、あれだけ素直だったのに……人間というのは、すぐに変わるものだな」
幸輝の心変わりを悲しむわけでもなく、逆に面白い事実を見つけたとでも言うかのように東岡が笑う。しかも更に幸輝の気持ちを試すように、東岡は自身の唇を幸輝の唇に近付けた。
東岡に、キスされてしまう。
「い……やっ!」
瞬間的に本能が東岡を拒絶した。
今までシーツに張り付かせていた腕を顔の前で交差して、東岡から唇を守る。
「まるで、恋に落ちた娼婦のようだな」
身体は捧げても、唇という名の純情は捧げない。どこかの映画でそんな話があったと、東岡は笑いながら語った。
「まぁいい。それなら私は、娼婦の身体を堪能するだけだからな」
そう言って東岡は、幸輝の両膝を骨が軋むほど大きく開いた。そのまま腰を進め、挿入の体勢に入る。しかし、一連の行動を目にしていた幸輝は、何かに仰天でもしたような顔を見せると、慌てて東岡を止めた。
「ちょっ……待って下さい!」
「何だ?」
「どうしてゴムつけないんですか? いつも、つけてたじゃないですか」
過去、何度も身体を重ねたが、東岡は幸輝を抱く時には必ず避妊具を使用していた。はっきりとした理由は聞いていないが、やはり女性とするのでは勝手が違うから色々と考えたのだろう。
その記憶がある幸輝は、今回も以前と同様に避妊具を使うものだとばかり思っていたのに、東岡はその素振りを見せない。
「たまにはゴムなしでやる感覚というのも、試してみたいと思ってな」
「な……」
それは単なる東岡の気まぐれだったが、幸輝にとっては大きな意味があった。
東岡を受け入れることは、誠一を裏切ることと同じだ。だがそれでも、東岡の欲を中に出されるのとそうでないのでは罪悪感の度合いが違う。勿論、その基準は幸輝だけのものだが、今の心理状況では天地程違う差だ。
「や……っ」
今まで東岡に弱みを見せないよう、必死に繕って来た虚勢が一気に崩れる。途端に東岡を受け入れる恐怖に支配された幸輝は、開かされた膝を閉じて後退った。
「あれも駄目、これも駄目なんて、子供のような我儘が通ると思うのか? 私は一つ妥協してやったんだ。お前も妥協するのが筋というものだろう」
東岡は低く冷たい声で斬り捨てると、幸輝の白い頬を手の甲で叩いた。パシンッと高い音が立った後、幸輝の身体がベッドに沈む。その腕を鷲掴むと、東岡は力任せに幸輝の身体を反転させた。
「あ……くっ……」
俯せにさせられた幸輝は、更に後ろ手を取られる。ギリギリと肩の骨が軋むほど締め上げられた幸輝は、苦痛に顔を歪めた。だが東岡は痛がる幸輝になど見向きもせずに、己の欲を幸輝の濡れた入口へと宛がった。
東岡の肉塊の先端が、ジェルと混ざりながらヌルリと滑り込む。一気に入れず、緩やかに中を広げながら進めるのは、恐らく幸輝の心を苛む為だろう。
「ほら、もう先が全て入ったぞ。久々なのに、美味そうに飲み込んだな。そんなに腹が減っているなら、一番に入れてやれば良かった」
少し入れては抜き、幸輝の身体と精神を嬲りながら少しずつ奥へと進んでいく。その度にジェルがグチュグチュと淫らな水音を立てて結合部から溢れた。
「や……ぁ……っ……あっ」
ゆっくりと、だが確実に汚されていく現実を突き付けられた幸輝の心が、絶望に囚われていく。
「内側を、物欲しそうにヒクヒクさせて……そんなに少しずつでは物足りなかったか? なら望み通り、一気に食わせてやろう」
言いながら一度腰を引いた東岡が、一気に自身の肉塊を根元まで突き入れる。
「ああぁっ!」
散々慣らされた幸輝の後孔は、無情にも易々と東岡の肉塊を迎え入れた。
「どうだ、腹一杯になっただろう? だが、もう少し待て。今にもっと……いいものをやるから」
律動的に腰を動かしながら、東岡は卑猥な言葉を並べる。その腰の動きが次第に早くなり、息も荒くなった。
東岡の限界が、近づいて来ている。それは言葉にしなくても、幸輝に伝わった。
「もう……すぐだ。っ……お前の中を……私で満たしてやる……」
「いや……っ……あっ、んぁっ……やっ……」
東岡のものなんて、注がれたくない。幸輝は首を大きく横に振って拒んだ。
しかし――――。
「……っ……くっ……行くぞ」
滾った硬い肉が、腹の中で脈打つ。その直後、ドロリとした熱い液体が、容赦なく腹の中に注がれた。
「ひ、やぁっ! あっぁ、あっ……」
その瞬間に全身を巡った喪失感は、言葉にすら出来るものではなかった。
完全に、汚されてしまった。
──誠……一さん。
見開いた幸輝の双眸から、大粒の涙が零れる。止めどなく流れる雫は、ポタポタと零れ落ちて真っ白なシーツを濡らした。
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