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◆ 終幕 ◆

 最後までキツく雄芯を食んだままのそこから屹立を引き抜いて、諒一は一哉の胸の上にくたりと倒れ込んだ。  今まで自分に抱かれていた筈の男に髪を撫でられるというのは妙な違和感を伴うが、それでも幸せならばまあいいかとそう思う諒一である。というより、起き上がる気力がない。  男に抱かれるのなど初めてだとそう言った一哉の後ろの蕾は、確かにキツかった。けれど、何故だか諒一よりも知識も適応力も優れていた気がするのである。  しかも今も余裕で頭を撫で梳いているのだ。その余裕が微妙に腹立たしい。 「…気に入らない」 「ああ? 人のケツ掘っといてえらい言い草だな諒一様よ」 「何でお前はそんなに余裕なんだ」 「お前より体力あっからな」  さらりと言われてしまい、一瞬そうかと納得しかける諒一である。だが、そうではないのだ。 「初めてのくせにその妙な手慣れた感は何なんだ」 「そりゃ常日頃からところかまわずいちゃついてくれる親父らのおかげじゃねぇか?」  またしてもあっさり言う一哉だ。だが、いちゃつくの度合いが違うだろうと思う諒一は、一哉の言葉によって如何に考えが甘かったのかを思い知らされる事となった。 「あいつら身内の前での羞恥心なんか持ち合わしちゃいねぇからな。しかも変態だし」 「は…?」 「人の事呼びつけといて盛ってるとかマジで勘弁して欲しいわ」  油断してドアを開けた一哉に、フレデリックは辰巳の痴態を見た仕置きだと言ってその場にいるように命じたのだと、そう一哉は言った。それが本当ならば、まさしくあの二人は変態だと思う諒一である。 「痴態見たって言って余計に見せつけるってどうなんだそれ…」 「いやまあ、ある意味精神的なダメージはでかいけどな…」 「どうしよう。俺お前のとこの顧問弁護士投げたくなってきた…」 「いやお前、それ口が裂けても言わねぇ方がいいぞ。親父はともかくフレッドはやべぇ。やるっつって投げ出したらマジでキレる」  一哉の言う”キレる”という程度が分からなかったが、挨拶の時にフレデリックの笑顔に恐怖を感じた事を諒一は思い出した。優し気な笑顔に隠された得体の知れない恐ろしさが、フレデリックにはある。  それを一哉に言えば、一哉はフレデリックは化け物だと、そう言った。 「親父が言うんだから相当だと思うぜ? 確かに体力も半端ねぇし、喧嘩も恐ろしく強ぇけどな」 「大人しくしておこう…」 「それがいい」  一哉らしくなく神妙な面持ちで頷かれ、諒一は一先ず仕事はきっちりこなそうと心に誓った。一哉とこうなった以上、辰巳の顧問弁護士を続ける事が今の諒一にとっては最優先事項だ。  弁護士になって守ってくれるのかと、そう言った一哉の言葉は間違ってはいない。そのために諒一は弁護士を選んだのだから。  諒一が胸の上でぼんやりと心臓の音を聞いていれば、不意に一哉の指先で顎を持ち上げられた。片腕を枕代わりにした一哉と視線がぶつかる。 「なに?」 「いや、本当に戻ってきたんだなと思ってよ」 「あんなに人の事を馬鹿馬鹿罵っておいて、今更それを言うか?」 「ああ? せっかく九年前に逃がしてやったのに、九年かけてのこのこ戻ってきた挙句に告白までしてくれるんだぜ? 馬鹿だろお前」  にやりと、人を喰ったような笑みを浮かべる一哉に、諒一は眉を顰めた。何かが、おかしい。何かを見落としているような、そんな気がするのだ。  逃がしてやったと、一哉は言う。確かに一哉は九年前に諒一から離れた。それは諒一の父親と、一哉の母親の再婚が理由だった筈ではなかったか。 「お前…何を隠してる?」 「なあ諒一様よ。俺はもう随分と昔からお前の事が好きだったっつったら、お前どうする?」 「っ!?」 「人の事ヒーローだ何だって純粋に好意向けられてよ。だからお前が言う通り、最後はヒーローらしく黙って離れてやったってのになぁ?」  マジでお前は馬鹿だ。と、そう言う一哉を諒一はただ見つめている事しか出来なかった。 「どうでもいい奴を殴られてまで守ってやる馬鹿がいるか? 鈍感過ぎんだろお前」 「だって親友だって…」 「そりゃあお前が言ってただけだろうが。俺は一度もお前を親友だと思った事なんかねぇよ」 「じゃあ…俺を守ってくれてたのって…」 「好きな奴が困ってりゃ助けるわな」  躊躇いもなくストレートに告げられる一哉の言葉が、耳に心地好かった。もっと聞いていたいと、そう思うほどに。こんなに幸せな事があっていいのだろうかと、諒一は思う。  一哉は、やっぱり諒一にとってはヒーローで、憧れで、好きな人で。 「嬉しいに決まってるだろ。やっぱりお前は俺のヒーローだよ…一哉」 「やっぱお前は馬鹿だな。そこは恋人っつっとけ」  ぶっきらぼうな物言いで馬鹿と罵りながらも、一哉の口調はとても優しい。 「うん。待っててくれてありがとう」 「どういたしまして」  そう言って一哉は艶やかに微笑んだ。そして諒一にこう言ったのだ。 「ヒーローってのは遅れて登場するもんだ。待っててやるのは当たり前だろう、ヒーロー?」 「一哉にヒーローって言われるのもいいけど、やっぱり俺も恋人がいいな」 「ようやく気付いたか、この鈍感」  一哉はいつも、罵りながらも諒一を守ってくれる。これが、諒一が九年かけてでも取り戻したいと思った場所。  一哉色の幸福(しあわせ)を感じられる場所だ。

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