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二章 許処で君が -肆拾伍夜 あはれとも-

「……え」 「よ」  翌日のアルバイトを終え、家に帰ると見覚えのある光景があった。来ないものだと思って駐輪場でスクーターの有無を確認しなかったから、居るはずのない人物がドアの前にいることに現実味がない。 「なん、で」 「何が?あ、今日はすぐ帰るよ。コレ渡しに来ただけ」  しゃがんでいた小野が立ち上がり、尻についた埃を払った。僕に向き直った小野は微笑んで札を差出す。 「え、と」 「うん。好きだよ」 「っ……だから、合宿」 「まだ先だろ?」  いつもと変わらない、穏やかな雰囲気で確認される。穏やか過ぎて混乱する。 「そう、だけど」 「じゃあいいじゃん。合宿先の宿がやっぱダメって言うかもしれないし、台風が来て行けなくなるかもしんないし、まぁ確率は低いけど有川サンの気が変わるかもしれないし。会える時に会いに来ない理由にはなんないよ」 「っ……、」  これは、ポジティブ思考ととらえていいのだろうか。それとも、また笑顔に激情を隠していたりするのだろうか。  待つと言ったから、来るなとは言えない。小野が始めた事だから、彼が止めると言うならそれを責める権利を持たない。  傷つけるとわかっていて札を、気持ちを受け取り続けていいのだろうか。そもそも、気持ちを返す事はできないと最初に言った時にすっぱり断ればよかったのか。友を失う恐怖に負けずに、あの時向き合って答えを出していたら。 「ね、草町……ダメ?」 「あ……」  札を差出されて何も言えずに固まってしまっていたから、小野が笑顔に寂しさをにじませる。  この感情はなんだ。寂しそうな、悲しそうな顔をするから同情したんだろうか。失いたくないからと百夜通いを受け入れたのは、自分のためじゃないのか。  僕は本当に小野と向き合ってきただろうか。僕は、どうしたいんだ。 「…………」  小野の手には、愛しい人を失った孤独を嘆くうたが僕の決断を待っている。  ひとりにしないでと叫んでいるのは、いったいどちらなのだろう。  ひとりでいることなんて、気にした事などなかったのに。 「……ごめん」 「なんで、あやまんの」  蚊の鳴くような声で謝った僕の手には、切り捨てられなかった気持ちが残った。

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