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終章 愛しさを知る
ふと、意識の端を捕まえる。眩しさに瞼を閉じ、ほんの少し開きを繰り返す。
部屋が明るい。横向きで寝ていたのを、寝返りを打って見慣れた高い天井を見上げる。夜閉まっていたはずのカーテンが開いていて、薄く白い遮光カーテン越しの淡い光が部屋に満ちていた。
ぼうっとしていると、栗色の影に視界が覆われる。なんだ、と思う間もなく唇にふわりとぬくもりが触れて、離れていく。
「おはよ」
囁く様な声音が耳をくすぐる。近いのと寝起きでぼやける世界が少しずつ覚醒していった先に、薄緑色を落とした伽羅の瞳が微笑んでいた。
「?……くさまち?」
しばらくひたすらに眺めていたら、名前を呼ばれた。返事もせずにさっきとは逆方向に寝返りを打って声に背を向ける。体を丸めて、片手で顔を覆った。
今まで、三ヶ月も何をしてきたんだろう。よくもこんなに簡単で単純で明快なことに気付かずにいられたものだ。
理屈も理由も要らなかった。
布越しに頭を撫でる体温に息が苦しくなって、顔が熱くなる。
触れるだけで。名前を呼ぶ声が聞こえるだけで。伽羅の中の一瞬の緑を見つけるだけで。
ああ、こんなに。
(――すきだ)
了
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