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先生√END
「おい、愛咲」
職員室から生徒会室へと戻って来た途端、寝不足からか、通常よりも人相の悪い会長に声を掛けられた。
「なーに?」
「これを出してきてくれ」
“これ”と言われて差し出されたのは小冊子。
「えー?俺は今、職員室から帰ってきたばかりだよ?それなのにまたお使いなの?」
「しょうがねえだろ。人手が足りないんだ」
「…もー。人使い荒い、かいちょーさんだなぁ」
文句は言うものの、断ることは出来ない。
……そんなに目の下に隈を作っている人に言われたら、断れない。
「その提出を終えたら、お前はもう帰れ」
「…え?まだ六時だよ?」
「あまり寝てねえし、食事も取ってねえんだろ?もやし野郎がフラフラしてるのは、見るに堪えない。早く帰って寝ろ」
「ちょっ、もやしは酷くない!?」
つーか、めちゃくちゃ腹立つんだが。それはかなりの暴言の類に入るだろ。
まあ、確かに、リコールやら何やらで睡眠はおろか、食事もまともに取っていなかったが、「もやし」呼ばわりはムカつく。…というよりも傷付いた。
「…かいちょーだって、犬塚だって、同じ生活してるじゃんか……」
「鍛え方が違うんだよ、バーカ」
「………っ」
いちいち腹立つ野郎だな。
お前らの肉体美は、これくらいでは衰えないってか?
はっ、そうですか、そうですか。
「じゃあ、お言葉に甘えて帰ろうかなーっと」
それならば、鍛え方が違う筋肉バカ達に任せて、今日は嬉々として帰ることにしよう。
………それで、明日は二人を早く帰らせて休ませてやろう。
「これは何処に提出してくればいいのぉ?」
鞄と先程受け取った小冊子を手に持って、会長に訊ねる。
「生徒会顧問だ」
そうすれば間髪入れずに、そう返ってきて。
俺はおもわず、持っていた小冊子を床に落としてしまった。
「…どうした?」
「っ、え?な、にが?」
「動揺してるだろ」
「は、はぁ?してないですけどぉ」
「そうは見えねえ」
生徒寮の近く。
ほんの少し肌寒い夜。
大きな手で頭を撫でられて。
……そして、額に……。
「…っ、してないって言ってるじゃん!いいよ!分かったよ!なっちゃんに渡してくればいいんだよね?俺行って来るから!じゃあね、バイバイッ!」
「…おい、こら…っ、」
呼び止める会長の声を背中で聞きながら、俺は生徒会室から飛び出した。
「ハァ……」
あの日から、一週間ちょっと。
より詳しくいえば、11日間。
「………」
……俺は、なっちゃんと顔を合わせていない。
だからといって、避けているわけではない。生徒会の仕事が忙しいから社会科準備室に行く暇もなければ、授業に出る余裕もないからだ。
そう。決して故意に避けていたわけではないのだ。
「まあ、気まずいのは確かだけどな」
なっちゃんに頭を撫でてもらうのは好きだ。甘やかされるのも、恥かしいという気持ちが強いけれど、嫌いではない。
……もしかして。
なっちゃんは俺を子供扱いしているから、あんなことをしたのだろうか。
*****
先程職員室に恐る恐る行った時には、なっちゃんの姿はなかった。あの時は、居ないことに内心ホッとしたのだが、今となっては職員室に居てくれた方が良かった。
…他の人が居た方が、用件だけ話して、すぐに別れることが出来るからな。
「………」
だけど今更こんなことくらいで、ずっとウジウジしているのも性に合わない。
…あ、あれは、教師と生徒のただのコミュニケーションだ。特に深い理由はないはずだ。そうに決まっている。だいたい!ストイックな、なっちゃんが、男でしかも、可愛くない性格をした生徒の俺に下心を持つわけがない。俺が深く考え過ぎなだけだ。自惚れ過ぎだ、俺。
よっし。
腹を括れ、俺。
「…失礼、しまーす」
社会化準備室の扉を三回ノックした後に、中に入る。
「………愛咲…?」
そうすれば。
銜えていた煙草を落とす勢いで、驚いた表情をしていたなっちゃんが居た。
「(つーか、この部屋…煙たい……っ)」
チラリと机の上に置いてある灰皿に目をやれば、物凄い数の吸殻が視界に入る。
「…………」
「……っ…悪い」
「あー……いや、すぐに、出て行くから、お構いなくー…」
灰皿の空いたスペースに、煙草を押し付けて火を消すと、なっちゃんは窓を開けて換気をし始めた。
「………」
いくらなっちゃん以外の教員が入って来ないといっても、校内でこんな堂々と煙草を吸っていいのか?つーか、前はこんなに吸ってなかったよな?むしろ吸っている姿を見られれば、レアだったくらいだ。
「えーっと、その、コレ」
今は機嫌が悪いと察し取った俺は、用件だけを済ませて生徒会室に戻ろうと考えた。
会長から預かっていた小冊子を、なっちゃんに手渡す。
「かいちょーから、渡しておけって…」
「………、」
「えっと、うん…。それだけ、かな?」
「…愛咲」
「っ、じゃあ、俺は戻るね」
ウジウジしているのは性に合わないとは言ったものの、これはめちゃくちゃ気まずい。
顔を見れば、その声を聞けば、あの日の事を思い出してしまう。何故俺にあんなことをしたのか非常に気になるけれど、……今となってはその理由は知らない方がいいのかもしれない。
そう考えた俺は、すぐさま部屋から出ようとした。
「……、!?」
………のだが。
「………、待ってくれ」
それよりも先に、なっちゃんに腕を掴まれて阻止をされてしまった。
「…え、っ?えっ、あ、あの…」
「………」
「ど、どうかしたの?」
…掴まれた腕が痛い。
いつも俺のセットした髪の毛を、優しく撫でてくれるその手は。
……思っていた以上に、力強かった。
「………」
「っ、なっちゃん、」
「………、」
「…い、痛いよぉ…ッ」
「悪い…、」
「っ、え?」
そして、掴まれた腕を強く引かれたと思ったら。
「………!」
そのまま何故か抱き締められた。
「…ふぁ!?、っ、な、なに…?」
「愛咲、」
「っ、」
何だ、この状況は……っ。
タバコ臭いスーツに、顔を押し付けられて。身動きが取れないように腰と背中に腕を回されて抱き締められている。
……しかも、頭に顔を埋められて、匂いを嗅がれているんだが…、
「っ、なっちゃーん」
「………んー…?」
「く、苦しいよぉ」
つーか、人の髪の匂いなんか嗅がないでくれ。
「…っ、ねえ、なに、してるのぉ?」
「充電だ」
「じゅうでん?俺で?」
「そう、お前で」
「…何で?」
「お前が全然顔を見せないから」
「……そ、それは…」
「どうせ避けられるのなら、また会える日まで、充電しておこうと思ってな」
「……(何だその訳の分からない理由は…)」
「こうやってオッサンに抱き締められるのが嫌なら、頻繁に顔を見せろ」
「…おっさんって、なっちゃんは、まだそんな年齢じゃないでしょ?だいたい、俺は、避けてないし…、忙しかっただけだし…、」
……それに、
「その原因を作ったのは、なっちゃんでしょ?……なんで、あんなこと、したんだよ?」
ずっと、ずっと、聞きたかったこと。
会えなかった11日間、毎日悩んでいた。
感情が昂ぶり過ぎて、最後の方は演技をしている余裕がなく素が出てしまったけれど。この際、どうでもいいや。
「何で、キスしたんですか?」
…どうせこの人は、俺の本性を知っているのだから。
「…………」
「……先生?」
俺を抱き締めたまま口を開くどころか微動だにしないなっちゃんに再度声を掛ければ、先生はまるで観念したかのように深く息を吸って、そのままの流れで息を吐くように言葉を発した。
「……そんなのお前が可愛いからに決まってるだろ」
「な!?な、なんですかそれ……?」
「そのままの意味だ」
俺の身体に回しているなっちゃんの腕の力が更に強くなった。隙間なく抱き着いているせいか、よりなっちゃんの鼓動が速く感じ取れる。
「可愛ければ誰彼構わずなっちゃんはキスをするの?……っていうか、別に俺は可愛くないし」
万が一俺が可愛いと分類されるのならば、この世界の人類は可愛いという存在で大半が埋め尽くされるだろう。
「俺はお前だから……愛咲充だからしたんだ。他のやつなんか知らん。お前しか可愛いと思ったことがない」
「…………もしかして、なっちゃんって眼が悪かったりする?」
「いいや、検査には引っ掛かったことは一度もない」
「そ、そうですか」
身動きが取れないまま、俺は深く息を吐いた。
「(……クラクラする)」
……このままではこの甘ったるい雰囲気に酔いそうだ。
「俺は褒められた教師ではないそんなのは分かってる」
「……そんなことは、」
「校内で煙草も吸えば、一人の生徒にこんなにも心を乱されて贔屓している」
「…………」
「……だけど教師と生徒という前に、お前のことを一人の人間として守ってやりたいって支えてやりたいって気持ちが抑えきれなかった」
それがあの時お前に手を出した理由だよ、となっちゃんは俺の頭を撫でながら教えてくれた。
「いつも一人で頑張ってる愛咲に惹かれた」
「……み、みんなの支えがあったから頑張れたんだよ。俺一人じゃない」
「でもお前のお蔭で今の生徒会は成り立ってる。それは間違いはない」
「…………そう、かな?」
「ああ、そうだよ。お前はいつも頑張ってる。正しき道に皆を導いている」
「……あ、ありがとう」
褒め殺しされて、嬉しさと恥ずかしさで爆発しそうだ。それくらい今の俺の体温は上昇している。
……今この顔を見られたら恥ずかしさで死ねる。
「(俺のやってきたことは間違いじゃなかった、のかな?)」
キャラチェンジをして、慣れない口調や態度で接してきたことも無駄じゃなかったのかな。
正解なんて分からないけれど、でもこうして俺の頑張りを見ていてくれて評価してくれている人が居てくれるだけでもすごく嬉しい。
「……って、うわ!?な、なにしてんの?」
少しの感動に浸っていると急に頬にキスをされた。
「可愛い顔してる愛咲が悪い」
「な、なにそれ……!」
「お前が好きだってことだ」
「…………っ、」
支離滅裂過ぎる回答をしてみせる目の前の教師は、本当にいつものなっちゃんだろうか。
「……ん、っぅ」
「…は、っ」
「だ、だめ……」
「……くそ、俺だって余裕がねえんだよ」
言葉通り余裕や配慮など一切なく、そのままなっちゃんは俺の唇に自分の唇を重ねてきた。
「ん……ん、んっ」
慣れないことと、いきなりのことで、呼吸の仕方が全く分からない。
そんな俺が、口の中に侵入してきたなっちゃんの舌の対処なんか分かるわけもなく、されるがままになってしまう。
「ッ、ぁっ……っ、ふ」
なっちゃんの熱くてヌルヌルした舌が俺の口内を掻き回してくる度に、脳を舐め回されるかのような感覚で襲ってきて少し怖い。ふわふわするし、ぞくぞくするし、むずむずもする。……自分が自分じゃない感じだ。
「あ、ぁ、っあ、ぁッ」
「……愛咲、」
「や、やっ……っ、ゃ」
お遊び感覚のキスではないことは、経験が少ない俺だって分かる。
このキスから、この人は本気で俺のことが好きだと、俺を欲しているのだとヒシヒシと伝わってくる。
…………伝わり過ぎて辛いくらいだ。
「あ、も……もっ、おわり……!」
この人は俺をキスだけで廃人にでもするつもりか。
今出る力で精一杯なっちゃんの身体を押しのける。そうすれば意外と簡単に離してくれた。
…………と思ったのだが。
「……足りねえな」
「ちょ、っ……や、ッ!」
二度目の口付け。
熱の籠ったその口調と荒々しい行動に、思わずドキッとする。
「ん……っ!っ、ん、ん……っ!」
この人はどれだけ俺が好きなんだ。どれだけ俺が欲しいんだ。
…………本当はどれだけこうしたくて我慢していたんだ。
「なっちゃ……っ、ん……ぅ」
「……は、っ」
「ンっ……ん、ふ……っ」
ほのかに煙草の苦い味がする深いキスに、俺は呼吸の仕方が分からなくなり、縋るようになっちゃんの顔を見上げた。
……そこにはやはり余裕のなさそうななっちゃんが居て、そんな彼と目が合い、俺はなぜかその表情が少しだけ可愛く思えてしまった。
「……くそ、あまり煽ってくれるな」
「はぁ、はぁ、はー……煽って、ません」
「潤んだ目をされて上目遣いで見られれば、そう思うだろ」
「わ、分かんないですよそんなの」
精神的にも肉体的にも疲れてしまった俺は、そのままずるずると床に座り込んだ。
……決してキスのせいで腰が抜けたとかそういうのではない。
そしてそんな俺を見て、なっちゃんも隣に腰を下ろした。俺は隣に居る彼をジトッとした目で睨みつける。
「…………変態教師」
「間違っちゃいねえな」
未成年でしかも生徒の俺に手を出したらどうなるかなんて、なっちゃんも嫌でも分かっているだろう。もし俺が事の全てを喋って通報すれば一発で終わりだ。
…………まあ、そんな気は今のところ全くないけれど。
なっちゃんは俺の今の心境を知ってか知らずか、いつものように俺の髪の毛をクシャっと撫でた。
「でも後悔はしてねえよ」
「…………なんで、俺?」
「なんでもなにもねえよ。放っておけない生徒が居るなといつも目で追っていたら、段々と一人の人間として惹かれただけだ。単純な話だろ?」
人が恋に落ちるのなんて一瞬だって小説かなにかで見たことがある。
切っ掛けなんてどこにだって転がり落ちてるだろうし、なっちゃんの気持ちを否定する気はない。
…………でも。
「……俺にはよく分んないっすよ」
友情とか信頼とかそういう気持ちは分かる。現に俺はなっちゃんにはそれに似た何かの感情を抱いていた。
子ども扱いされるように頭を撫でられるのも恥ずかしかったけれど、嫌ではなかった。むしろすごく嬉しかったくらいだ。教師として、一人の人間として俺は彼を尊敬しているし、好きだと思う。そう思っていた。
「……分かんないよ」
だけどこれが恋かどうかはまた別の次元だ。
頭を下げて悩ます俺を見て、なっちゃんは微かに笑って見せた。
「分かんなくていいんだよ。俺は別に愛咲にすぐさま応えて欲しいわけでも、俺の気持ちを無理強いする気もないさ」
「……なっちゃん」
「ただの俺のエゴだ。抑制できなかったんだ、だからお前に気持ちをぶつけた」
それだけさ、と呟くなっちゃんの横顔はいつもと変わらなかった。
「悪いな」
「……別に謝らなくてもいいです。それに本当は悪いとは思ってなさそうだし」
「はは、バレたか?」
「……まあね」
なんとなくだけどなっちゃんという人間を少しだけ理解してきた気がする。
彼は見た目以上に情熱的で、それでいて分かりやすいほど正直者だ。
……そしてきっと彼は、俺のことを俺以上に知っている。彼には演技なんてもうする必要もないだろう。
「どっちにしても先生への返答は後回しですよ」
「そりゃあ酷い話だ」
「今はリコールのことと生徒会の仕事で手が付けられないんです」
「まあ、そういう仕事熱心なところも好きだが」
「……っ、と、とりあえず先生にも後日リコールの件で改めてお話に行きます」
だからこそ早く副会長と庶務についての決断を下さなければ。
……い、いや、別にこれは早くなっちゃんとのことをどうにかしたいとかそういうわけではなく、ただ単純に早く事を済ませたいからだ。深い理由はない。
「どうするか決めたのか?」
「……いえ、まだ」
「そうか」
そう答えれば、先生は俺を励ますようにまた頭を撫でてきた。
「教師として、お前よりも少しだけ長く生きてきた大人として、一つだけアドバイスをやるよ」
「……なんでしょう?」
「人は簡単に変われるなんて言葉もあるが、変わらねえ人間も山ほど居るってことだ」
「…………」
「あいつらがどっち側の人間なのかは、もう愛咲も分かっているんじゃないか?」
「…………」
「情が湧くのは分かるさ。それにお前は優しいからな。ただ未来を見据えて考えて後悔しないよう気を付けろよ」
「はい、ありがとうございます」
「あと俺は単純にあのクソ餓鬼共が気に食わねえ」
「……はは、でしょうね」
「お前をここまで追い詰めたあいつらがむかつくんだ」
「……せんせい」
「それにあいつらのせいで、俺への返答はお預けだしな」
「本音はそこか」
途中まですごく教師っぽくて尊敬したのに、最後の最後で本音をぶちまけるなっちゃんに俺は苦笑した。
……さっきまであんなことされた相手なのに、やっぱりどうしても嫌いにはなれない。きっと俺は人間的にこの人のことが好きなんだと思う。
「まあ、あくまでアドバイスだ。無視してもいいし、どう受け取ろうと構わねえよ」
「いえ、参考にさせていただきますよ」
というか、今の言葉で俺の中で結論は出た。
「ありがと、なっちゃん」
いつも通りを振る舞うように気の抜けた笑顔を浮かべてお礼を述べれば、なぜかまたキスされた。
…………なんでだ!?
********
「先生?そこでなにしてるんですか?」
「……ん?ただボーッと眺めてただけだよ」
「……?」
いつも落ち合う社会科準備室にノックもせずに入れば、先生はなにをするわけでもなく窓の外を眺めていた。
……あれ?そういえば最近先生が煙草を吸っている姿を見ていない気がする。もしかして随分前に「煙草の苦い味がして嫌だ」とキスを拒んでから吸っていなかったりするのだろうか。
…………うん。そうだとするならば、愛されてるな俺。
「なにか見えるんですか?」
「いや別に……ただもうすぐ愛咲も卒業だなと思って思い出に浸ってた」
「な、なにそれ」
「ほら見てみろ」
「……?」
導かれるままに先生の隣に立ち、同じように窓の外に目をやれば、体操服姿で球技の時間を楽しむ後輩たちの姿が見えた。
「これがなにか?」
「よく見えるだろ。俺はここから愛咲が体育の時間出席している時よく見ていた」
「……うわ、まじっすか。ちょっときもい」
「言われると思った」
卒業間近でもう体育の時間割りがないことを分かっていてその事実を打ち明けたのならば、本当に先生はいい性格をしている。
「……こうしていつも見えなくなる光景が見れなくなるのは、少し寂しいと思ってな」
「先生は本当に俺のこと好き過ぎますね」
「今更だろ?」
照れもせずに俺の言葉を肯定する先生に、逆に俺が照れてしまった。
「つ、つまり先生は俺が卒業せずにずっと生徒で居てくれた方がいいってことですか?」
「馬鹿言うな。それとこれとは話は別だ。これ以上俺に我慢しろっていうのか?」
お前は鬼か?と苦笑する先生を見て俺は笑った。
『卒業するまでキス以上のことをしない』という決まりを先生は一年以上も守ってくれている。俺がこのまま留年するといえば、きっと彼は文句を言いながらも律儀に守ってくれるのだろう。
「キスとそれから先の想像だけで欲を処理をするのはもう限界だ」
「…………っ、」
「俺の頭の中でお前がよがってくれた回数を教えてやろうか?」
「け、結構です!」
「そうか。まあ、俺も数えきれてないから分からねえけど」
「……エロ教師」
ニヤリと笑う先生を俺は睨んでやった。
……やっぱり口ではこの人に敵う気がしない。
副会長や庶務をリコールしてすぐに恋仲になり深い関係になったけれど、俺が先生に口で勝ったことは一度もない気がする。それは多分これからも変わらず、先生は俺が卒業しても子ども扱いをしてからかうのだろう。
でもそれでも俺はこの関係が、この人の隣が心地良いのだ。その感情に嘘は一切ない。
「愛咲、」
「……なんですか?」
「お前の卒業楽しみにしてるよ」
「ば、ばーか」
きっと俺は先生のことが細胞レベルで好きなんだ。
END
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