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プロローグ

人は誰しも褒められると嬉しい。 それは小さい頃の俺も同じ。 幼いながらに、とにかく両親から褒められるように日々頑張っていた。 テストの良い点数で褒められたとき。 無遅刻、無欠席で褒められたとき。 好き嫌いなく食べられ褒められたとき。 どんな些細な事であろうと、大好きな両親から「良い子ね」、「凄いね」と褒められた瞬間が一番至福の瞬間だった。 自慢の息子だと言われながら頭を撫でてもらう。 時にはご褒美だといって玩具を買ってもらう。 凄く幸せな瞬間。 凄く大好きな瞬間。 そしてその当時の俺は、そんな幸せが一生続くだろうと思っていた。 しかし人生とはそんなに簡単なものではなく。 『有希はもっと頑張りなさい』 『弟に負けて悔しくないのか?』 弟が中学に上がると同時に、文字通りに俺の幸せはガラガラと音を立てて崩壊した。 両親も、先生も。 弟のことを天才だと持て囃す。 今まで俺に向けられていた期待は、一気に全部弟の方へと向けられた。 悔しかった。 そう。単純に。 俺は悔しかった。 でも負けてはいられない。 俺には泣き寝入りしている時間すらなかった。 寝る間も惜しんで勉強をする。 例え無駄な努力だと冷たい目線を向けられようが、弟と違って素質がないなどと裏で教師たちに言われようが、再び両親に褒められたい一心で勉強をした。 だがおかしなことに、いくら努力しようとも、勉強しようとも、両親の期待感は弟に向けられたまま。 弟は勉強する素振りすら全く見せていないのに。いつの間にか俺と弟の差は、あっという間に嫌な方へと広がっていたのだ。 そこで俺はある時おもいきって弟に訊いてみた。 「何処かで隠れて勉強しているんだろ?」って。 だってそうでないとおかしい。俺は眠たい目を擦りながら一生懸命勉強をしている一方で、弟は学校が終わればすぐさま友達と遊びに出掛けていて、勉強する素振りすら見せていないのに頭が良いなんて。 「実は夜中に一人隠れて勉強しているんだ」という返答が返ってくると思っていた。いや、そう言ってくれと心の中で焦りながら願っていた。 ……しかし返って来た返事は思っていた以上に残酷で。 『頭の出来が違うんだよ、ばーか』 どんなに努力しようとも、凡人が天才に勝てるわけがないのだと、俺は無理やり理解させられたのだ。 ……そして俺はその日から努力するのを止めた。 ******** 唯一の癒し。 それは食べること。 とても甘美な一時。 ショートケーキにチョコレートケーキ。 ポッキーにクッキー。 辛い現実から目を逸らすには、甘い物が最適だった。 好きなことが褒められることから、甘い物を食べていることに変わってどれくらい経つだろうか。 努力を止めた日から暴食に走り、甘い物を食べることで心を癒し続けた結果、俺の身体は肥満体型となっていた。ぽっちゃりという可愛らしい表現を超えての、おでぶ体型。 その体型ゆえ、弟たちからからかわれたり、両親からの冷たい目も増えてしまった。 両親や周りの人達からの侮蔑の目、そして弟とその友達からのイジメ。辛いけれど、甘い物を食べれば、少しは楽になれる。だがそれで更に太ってしまう。 なんという悪循環。 だけどこの食生活は止められそうにない。 弱い俺は、この方法でしか自我を守る術を知らないのだ。 ……今まではそれで良かったはず。 俺が少し我慢すれば、皆が幸せになれる。 ……だけど。高校二年生の夏。 俺は現実から逃げ出す一歩を踏み出していた。 二ヶ月分の衣服が入った鞄。 それはとても重たい。だけどその真逆に心は非常に軽い。 いつ振りだろうか。久しぶりに自然に笑みが零れた。 「行ってきます」 誰に言うでもなく。 暫く見ることもないだろう我が家に向かって声を掛け、俺は家から飛び出した。

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