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一空間目④
……しかし何というか。
思っていた通りの展開というか。
「お前ダメージ食らい過ぎ。こっち来い」
俺は予想以上に足を引っ張っていたりする。
操作に不慣れという理由はもちろんあるのだろうが、何故こうも自分しか体力ゲージが減らないのだろうか。一緒にゲーム出来て嬉しいけれど、それ以上に申し訳なさの方が遥かに大きい。
「ちょ、ちょっともう一回操作教えてもらっていいですか…?」
「お前なあ、一回で覚えろよ」
「…じゃあ説明書見させてください」
「あ?俺の説明が分かり難いって言いたいのか?」
「ひっ…、め、滅相もありませんっ」
俺はこの手のゲームは始めてプレイしたんだ。歩くのや走るのはさすがに覚えたけれど、銃の撃ち方とかナイフの構え方とか未だに覚えられない。というか、一回の説明で覚えられるか。ばーかっ。
と、そんな口を神田さん相手に利けるわけもなく。
俺は神田さんの指の動きを横目で盗み見しながら、色々操作を試してみた。
「……っと、」
あ、L1とかR1を使うのか。そして□ボタンで攻撃すると。
画面を見ずに、久しぶりに握ったコントローラを見ながら、やっと覚えた武器の構え方を馬鹿の一つ覚えのように繰り返していると、すかさず隣に座っている神田さんから指摘されてしまった。
「手元じゃなく画面を見ろ、馬鹿」
はいはい、すみませんね。と、内心で悪態を吐きながら画面に目を向ければ、俺が扱っているキャラ(ちなみに女キャラ)がゾンビに囲まれていた。
「…わ、っ」
少し目を離しただけでこれだ。楽しいけれど、アクションゲームは俺には向いていないのかもしれない。
しかし驚くことに、これだけ囲まれていたというのに先程からダメージは食らっていない。
…もしかすると、俺が目を離していた間守ってくれてたのか?
「………」
やっぱり俺が思っている以上にいい人なのかな?と、チラリと神田さんを横目で見れば、鼻で笑いながら「見た目通り鈍臭い奴」とゾンビを華麗に撃退しながら馬鹿にしてきた。
「……っ、」
前言撤回!
やっぱり神田さんは意地悪な人だ!腹黒だ!鬼畜だ!悪魔だ!
確かに俺は見るからに太っているけれど、今それを言わなくて良くないか?!第一、俺が太っているのと、操作が下手くそなのは関係ないはず。言われた通り現実では鈍臭いけれど、ゲームに現実の体型なんて関係ないじゃないか。
ちょっと操作慣れしていないだけだ。少し慣れれば、すぐに神田さんの足を引っ張るなんてことはなくなるはず。むしろゾンビじゃなくて、神田さんが操作しているキャラ(ちなみに神田さんが操作しているキャラは男)を倒すことくらい朝飯前だ。
あー、どうにかして神田さんにギャフンと言わせられないかなぁ。今の俺の実力では無理かなぁ。
現実世界では勝率0%なのは明らかだけれど、ゲームの世界では勝率10%くらいあるかもしれない。
だけど意外や意外、神田さんは慎重である。
敵が落とした物は全部拾っておけだの、弾は節約しろだの、体術を駆使しろだの(というか体術ってどうしたら出来るんだ?)、あらゆる面で小煩い。
違う言い方をすれば、隙がないのだ。
「あ…」
そこで俺は閃いた。
ゾンビを倒す際にどさくさに紛れて、神田さんが操作しているキャラも始末する方法を。
少し過激な方法だけれど、止むを得ない。
この数時間の間、現実で俺が味わった苦痛を思い出せば、これくらいの仕返し可愛い物ではないか。
何回も頭を叩かれ、冷水を頭から浴びせられ、後頭部を踏みつけられ、幾多の暴言を浴びせられた。
うん、手榴弾の一個くらい投げつけたっていいじゃないか。
……そう。
俺が思いついたのはゾンビを倒す際に、どさくさに紛れて手榴弾を神田さんが操作しているキャラに投げつける方法だ。
どうやらナイフや銃の攻撃はプレイヤー同士にダメージを与えられないのだが(これは神田さんが面白半分、一度俺に切りかかってきたから知っている)、手榴弾系統ならばプレイヤー同士にもダメージを与えられるということが分かっている。
というのも、これも神田さんが面白がって閃光弾を俺に向かって投げつけてきたから分かっていたりする。もちろん閃光弾だから直接的なダメージがなかったからよかったものの、これが焼夷弾や手榴弾なら大ダメージを食らっていたはず。
そう。手榴弾ならば。
ふふふ、何だか凄く楽しくなってきたぞ。
「…何ニヤニヤしてんだお前?」
「べ、別に、何でもありません…」
「笑う暇あったら、手でも動かしてろ」
「…分かってます」
ふん。今に見てろ。
すぐに復讐してやるからな。
でぶを敵に回すと怖いんだぞ。
手榴弾投げてデンジャー状態に陥っても、回復してやらないからな(俺は今まで回復して貰ったけれど)。
今か今かとタイミングを窺う。
出来るだけ多くのゾンビに囲まれた時がいい。そうすれば神田さんを助けるために手榴弾を投げたと言い訳すれば、お咎めも多少しか受けないはずだ。
まだかな。まだかな。
正座しながらウキウキとその時を待っていれば、隣に居る神田さんが笑った気がした。
「…な、なんですか?」
「いや、ガキみてぇだなと思って」
「なっ、」
が、ガキ、だと!?失礼な!
俺はもう17歳だ!
「…楽しいか?」
「た、楽しいですよ…?」
「そうか」
「……?」
一体何なんだ?
いきなり何を言い出したかと思ったが、神田さんが画面から視線を離した今はとてつもないビックチャンスだった。
大量のゾンビ。
囲まれている神田さん(が扱っているキャラ)。
そして少し離れた所に居る俺(が扱っているキャラ)。
好機到来!
俺は「今だ!」と出そうになる声を心の中で止め、頭の中でシュミレーションしていた通りに行動を移す。
俊敏な動きで装備していたハンドガンから手榴弾に持ち替え、それを構え、高らかに投げた。
「……あ」
その様子を二分割になった画面で見ながら声を出したのはどちらだろうか。俺なのか。神田さんなのか。
むしろ呆気に取られてどちらも声を出したのかもしれない。
俺がゾンビと神田さんに向かって華麗に投げつけた手榴弾は、なんと壁にぶつかりはね返ってきて、予期せぬことに手榴弾を投げた本人である俺の方へと返ってきたのだった。
ドーンッ!
壁にぶつかり俺の元へ撥ね返ってきた手榴弾は、けたたましい音を立てて爆発した。
もちろん俺の扱っているキャラは吹き飛ばされ、大ダメージを受けてしまった。
「………」
「………」
神田さんが扱っているキャラを致命傷に陥らせようと計画していたのに、なんてことだ。全然予想してた通りにならなかった。
…情けないというか。
もうここまできたらいっそ苦笑いしか出てこないレベルだ。
「…あはは」
乾いた笑い声を出せば、それが引き金となったのか、俺の無茶苦茶な行動に呆然としていた神田さんが、吹き出して笑い始めた。
「ぶっ、お前、まじ馬鹿」
腹いてー!と大笑いする神田さんに、ほんの少し殺意が芽生えてしまったが、これは仕方ないことだろう。
「わ、笑わないでください!」
「何で自分が投げた手榴弾で死に掛けてるんだよ」
「も、もう!…ふふ、あははっ」
神田さんにつられるように俺も本格的に笑う。確かにこれは笑える。だって神田さんをギャフンと言わせるためにタイミングを見計らって手榴弾を投げたのに、まさか撥ね返ってきて俺の足元で爆発するとは。
俺は神田さんを退治させるために本気で倒しに行ったのに、もはや今までの一連の流れはギャグのようだった。
そして一頻り笑いあった後、神田さんは囲んできたゾンビを一掃し、瀕死状態の俺の元へと近付いて来た。
「あー、笑った。おら、回復してやる」
「あ、ありがとうございます」
「ったく、世話が焼けるなお前は」
「…お手数お掛けします」
救急スプレーで体力を回復してもらう。神田さんに回復して貰ったのはこれで何度目だろうか。
神田さんに復讐しようとして失敗し、回復して貰うはめになってしまった。ちょっぴり罪悪感。
だけど俺が神田さんのキャラに向けて手榴弾を投げたことに気付かれなくて良かった。
……ふぅと安堵の溜息を吐いた瞬間だった。
「…ひ、っ!?」
……急に頭を鷲掴みにされたのだ。
ちょっ、痛い!痛い!
「ところで、」
「な、…な、なんですか…?」
「さっきの手榴弾は俺に向けて投げたんじゃねーだろうな?」
あ、やっぱり疑われちゃうんだ。
だけどその質問に肯定する馬鹿は居ない。
「ち、違いますよっ」
「あ?本当か?」
「ゾンビを倒すために投げたんですっ」
「…ふーん」
…お?納得してくれたのか?
というか、もしうっかり口を滑らせて、ゾンビごと神田さんを始末するために手榴弾を投げました、なんて言ってしまっていたらどう言われたんだろう…。
「あ、あの、神田さん」
「何だ?」
「も、もしですよ。例えばの話なんですけど…」
「あ?はっきり言え」
「その、俺がわざと手榴弾を投げたって言ったらどうしてたんですか…?」
「そんなの決まってるだろうが」
「………?」
「現実世界で口とケツの穴に手榴弾詰め込んで、ヒィヒィ言わせてやるよ」
「…!?」
…やっぱり神田さんはとんでもない人だと再確認した瞬間だった。
しかし先程の出来事のお陰で少しだけ、ほんの少しだけど。神田さんとの距離が縮まったような気がする。
怪我の功名とはこういうことをいうのだろうか。
まあ、怪我をしたのは現実の俺ではなく、俺が操作しているゲームの中のキャラだけど。
「あの、緑と緑のハーブで調合してもいいんですか?」
「アイテム欄がいっぱいならいいけど、出来るだけ緑と赤で調合しとけ」
「なるほど、分かりました」
これくらいの会話なら普通に出来るようになった。
なんというか、すごい進歩ではなかろうか。あれだけ人と話すのが苦手だったというのに、此処に来て、もう二人と会話らしい会話が出来ている。
先程のお姉さんはフレンドリーに話し掛けてくれたから、俺も素直に話せたけれど、この大物スターの性格に難のある神田皇紀さんとも会話が出来ているのは凄いと思う。やっぱり思い切ってアルバイトの電話を掛けて良かった。
コンコン。
「……?」
そんなことを思っていると、玄関の扉がノックされた音が聞こえてきた。
「…だ、誰ですかね?」
「配膳だろ?」
「あ、そうか」
もうそんな時間なのか。朝飯、昼飯、夕飯、三食どのときも部屋まで運んできてくれる仕組みだった。本当に至れり尽くせりだなぁ。
「飯にするか。お前取って来い」
「はい」
ゲームの方も区切りがいい所だ。神田さんはゲームのセーブをしている。俺は握っていたコントローラーを床に置き、玄関に向かう。
するとそこには二人分の夜ご飯が置かれていた。
「…美味しそう」
こんなに豪華な食事を頂いていいのだろうか。
キャベツの千切りの上にトマトときゅうりが乗った野菜サラダに、ハムと人参とマカロニが入っているポテトサラダ。若布と豆腐のお味噌汁。
そして、デミグラソース味のハンバーグ。おまけにプリンまであるんだけど!
何これ。素晴らしい。誰が作ってくれたんだろう。
母さんの手料理らしい手料理も最近食べていないし、余計に嬉しく思える。
「おい、つまみ食いせず持って来いよ」
「わ、分かってますっ」
確かに涎が出そうになったけれど、手を出すわけがない。勘違いされるのも嫌なので、俺は二人分の料理をテーブルまで運んだ。
そして俺が運んだ料理を見るなり、神田さんも「美味そうだな」と一言感想を述べた後、席に着いた。俺も向かい側の席に腰を下ろす。
箸を取り料理に手を伸ばそうとする神田さんに続くように、「いただきます」と手を合わせて俺も箸を取った。
本当に美味しそう。早くハンバーグを食べたいけれど、誰かからか野菜を先に食べた方がいいって聞いたことがある。メインディッシュは後の楽しみにしておこう。そう思い、野菜の方へ箸をのばせば、神田さんの動きが止まっていることに気が付いた。
「……?」
「…礼儀正しいな」
「え?」
礼儀、正しい?
あ、もしかして「いただきます」って言ったから?
………でも…そういえば、
「…久しぶりに言ったかも」
「そうなのか?」
「最近はいつも一人で食べてたから…」
「………」
最近は一人で部屋に篭って食べていた。
だから「いただきます」なんて久しく言っていなかったけれど、家族で一緒に食べていた頃はちゃんと言ってたな。
………懐かしい。お母さんの手料理、食べたいな。
「……お前ってさ」
「は、い?」
「言いたくねぇなら言わなくていいけど、家族と上手くいってないんだよな?」
「………、」
「無言は肯定か」
今訊いたことは気にすんな、神田さんはそう言ってくれた。どうやらこれ以上深く訊ねてくる気はないらしい。それは俺としても有難いことだった。神田さんに俺の家庭事情を言ったところで困らせるか、どうでもいいと思われるだけだし、それ以前に何て言えばいいのか分からないから。
「………」
………でも。神田さんになら。
少しくらいは言っても…。
そう思っていたら、神田さんは持っていた箸を一度置き、小さく「いただきます」と言った後に、再度箸を手に取り、食べ始めていた。
「……神田さんも礼儀いいですね」
「だろ?」
「はい」
なんだかんだで。
この人はやっぱり良い人だ。
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