11 / 149

一空間目 弟視点

……居ない。 何処を探しても居やしない。 今までどんなに暴言を吐こうが、暴力を振るおうが、無理やり泣かせようが、どんなに邪険に扱っても、兄貴がこの家に帰って来ない日は一度もなかった。それは兄貴なりに、この家を好いているからだと確信を得ていたから。 必ず帰ってくる。そう思っていた。 だが蓋を開けたらどうだ。 少し目を離した隙に、簡単に居なくなりやがった。 まるで掴めない風のようにサラリと簡単に。 「…どういうことだ?」 「だからね、有希はアルバイトに行ってるの」 「家に帰って来れないほどキツイ仕事なのかよ?」 「二ヶ月ほど住み込みするとか言ってたような気がするわ」 「……あ゛?」 母親から訊き出せば、事の真相は簡単に分かった。 だがどういうことだ?いくら両親が兄貴に無頓着だとしても、それはあまりにも度が酷く、常識に外れている。 「言っていたような気がする」?自分の息子が二ヶ月も家を空けるというのに、何故そんなにもどうでもいいような口振りをしていられるんだ。 「職種は何だ?」 「聞いてないわ」 「…それなら場所は何処なんだ?連れ戻してくる」 「さぁ、分からないわね」 「……っ、」 「そんなことより、帝のお勉強の調子はどう?近々テストだったわよね?頑張ってね」 “そんなことより”。その言葉に一瞬にして頭に血が上った。 もう何を話しても無駄だ。時間の無駄。こいつには何も期待が出来ない。 そして俺は生まれて初めて母親の顔をぶん殴った。 力の限り殴ったわけではないが、体重の軽い母親の身体は簡単に後ろに吹き飛んだ。机に頭をぶつけたような音が聞こえたがどうでもいい。 「こら!帝!?」 俺を引きとめようとする声と、母の無事を確かめる父親の声を背中で聞きながら、俺は家を後にした。 だがこれからどうすればいい。探す当てがない。 訊き出すにもあいつには一人も友達は居ない。俺が全部消してやったから。それは今になってこういう形として仇になるのか。 「…逃げやがった」 本当に糸も簡単に。 逃げた原因は、両親か俺か…。 多分、どちらもだろう。 暴力では何も縛れないというのは本当らしい。こんなことなら、もっと厳重に捕まえておくべきだった。例えどういう手段を使ってでも。 「…早く帰って来い。クソ兄貴」 ……そう簡単に俺から離れられると思うなよ?

ともだちにシェアしよう!