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一空間目 弟視点
……居ない。
何処を探しても居やしない。
今までどんなに暴言を吐こうが、暴力を振るおうが、無理やり泣かせようが、どんなに邪険に扱っても、兄貴がこの家に帰って来ない日は一度もなかった。それは兄貴なりに、この家を好いているからだと確信を得ていたから。
必ず帰ってくる。そう思っていた。
だが蓋を開けたらどうだ。
少し目を離した隙に、簡単に居なくなりやがった。
まるで掴めない風のようにサラリと簡単に。
「…どういうことだ?」
「だからね、有希はアルバイトに行ってるの」
「家に帰って来れないほどキツイ仕事なのかよ?」
「二ヶ月ほど住み込みするとか言ってたような気がするわ」
「……あ゛?」
母親から訊き出せば、事の真相は簡単に分かった。
だがどういうことだ?いくら両親が兄貴に無頓着だとしても、それはあまりにも度が酷く、常識に外れている。
「言っていたような気がする」?自分の息子が二ヶ月も家を空けるというのに、何故そんなにもどうでもいいような口振りをしていられるんだ。
「職種は何だ?」
「聞いてないわ」
「…それなら場所は何処なんだ?連れ戻してくる」
「さぁ、分からないわね」
「……っ、」
「そんなことより、帝のお勉強の調子はどう?近々テストだったわよね?頑張ってね」
“そんなことより”。その言葉に一瞬にして頭に血が上った。
もう何を話しても無駄だ。時間の無駄。こいつには何も期待が出来ない。
そして俺は生まれて初めて母親の顔をぶん殴った。
力の限り殴ったわけではないが、体重の軽い母親の身体は簡単に後ろに吹き飛んだ。机に頭をぶつけたような音が聞こえたがどうでもいい。
「こら!帝!?」
俺を引きとめようとする声と、母の無事を確かめる父親の声を背中で聞きながら、俺は家を後にした。
だがこれからどうすればいい。探す当てがない。
訊き出すにもあいつには一人も友達は居ない。俺が全部消してやったから。それは今になってこういう形として仇になるのか。
「…逃げやがった」
本当に糸も簡単に。
逃げた原因は、両親か俺か…。
多分、どちらもだろう。
暴力では何も縛れないというのは本当らしい。こんなことなら、もっと厳重に捕まえておくべきだった。例えどういう手段を使ってでも。
「…早く帰って来い。クソ兄貴」
……そう簡単に俺から離れられると思うなよ?
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