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二空間目⑦

……そう。俺は石像。ただの太った石像だ。 だから動きもしないし、一々感情も掻き乱されない。そう思い込んで反応しなければ、神田さんもその内飽きて俺を苛めるのを止めてくれるだろう。 「………」 少し苦しい体勢のままだけど、ムギュッと強く目を瞑る。行動にも表情にも出さないが、俺は脳内では「早く何処かへ行け」とばかり念じていた。 だが頭上では、そんな俺の頑張りを馬鹿にしたように神田さんが鼻で笑った。 「動かねえのか?」 「………」 「抵抗もしねえのかよ?」 「………」 ふんっ。馬鹿め。 下手に反応したら更にお前を楽しませる結果となることは既に学習済みだ。俺は同じ失敗は繰り返さない。伊達に苛められた経験が長いわけじゃないぞ。どう対応すれば早く開放されるかも人一倍理解しているはずだ。 「あっそ」 …あれ? だけどおかしいな。 今神田さんが然も愉快そうに喉元で笑った気がしたような…。 「だったら、俺に身を委ねてもいいということだな」 「……っ、」 馬鹿ッ。違うよ! どういう解釈をしたらそういうことになっちゃうんだよ。 そう全力で突っ込みを入れたかったのだが、一度石像の真似をして黙り込んでしまったばかりに、中々動き出すタイミングが掴めずにいる俺。 そして俺が悶々と思い馳せるその間にも、神田さんは俺の意思に関係なく好き放題動き始めた。 太ももを掴まれ、左右の脚を無理やり大きく開かされる。 「……!?」 何これ。嫌だ。恥ずかしい。 目を開けて自分の姿を確認すれば、みっともなくて破廉恥な姿が目に入るのだろう。怖くて目も開けれない。きっととんでもない恥晒しとなっているに違いない。 「本当に何処も彼処も柔らかいのな」 「………」 無駄な脂肪が一切ない貴方様とお比べにならないでください。お願いします。 分かっていてもとても惨めな気持ちになるんだから。 「この腹も」 「……、」 「太腿もだ。指が埋まるな」 「……っ」 触り心地は最高だ、と満足そうに俺の脂肪の感触を楽しんでいる神田さんの声はとても楽しそうだ。 落ち込んでいる俺とは全くの真逆。 というかこれってセクハラだと訴えることが出来るよな? でも結局訴訟を起こしても金の力で揉み消されるに違いない。ましてや俺を味方してくれる人なんて世界中の何処を探しても見つからないだろう。例え十割神田さんに非があろうともだ。 もういいや。勝手にしろ。 好きにすればいい。 もはや抵抗することすら諦めた俺。 するとまるで俺の心の中の声が聞こえたかのように、神田さんの言動は更に際どいものとなった。 「子供みたいだな。体温も高えし」 その声は先程よりも近くて、おもわずドキッとしてしまった。耳元で囁く様な掠れた声に妙な色香を感じるのは俺の気のせいなのだろうか。気のせいならばそうであって欲しい。 きっと目を開ければ、あの端正な顔が近距離にあるに違いない。目を開けたら最後、俺は絶対に叫んでしまうだろう。だってあの格好良い面が自分の近くにあると思ったら絶叫物だ。 それは所謂拒絶反応というもの。 そして急に耳元にフーと息を吹きかけられ、おもわず「ん、っ」とまるで雌のような変な声が出てしまった。それがすごく恥ずかしくて、唇を噛んで耐え忍んでいれば、神田さんが鼻で笑ったのが分かる。 「これだけ体温が高いんだ」 「……?」 「お前の中はさぞかし熱くて気持ちが良いだろうな」 その言葉を放ったのとほぼ同時だった。 轢かれた蛙のようにみっともなく脚を広げられた俺の開けっ広げになっている下半身に何かを押し当てられたのは。 「………?」 神田さんの言動や、自分の置かれている状況を理解出来たのはその数十秒後のこと。 「……っ、!」 俺は顔面蒼白にしながら全身に力を入れて必死の抵抗をする。 自分で言うのは何だが俺はそれほど鈍くはない。 それに引きこもりがちでネットが友達だった俺は、一般の人よりはそのことについて多少知識がある。 目を開けていなくても分かる。 今押し付けられたのは間違いなく神田さんの下半身で。もっと詳しく言ってしまえばそれは男の象徴的でもある部分で。 その上意味深な言葉まで掛けられれば嫌でも分かってしまう。 「は、離せ…!バカ!」 やばい。変な汗が止まらない。 芸能界には同性愛者や両刀の人が多いと聞いていたが、まさか神田さんもとは思っていなかった。ましてや俺のようなデブが性的対象で見られるとは思いもしなかった。 いやいやいや。どんな物好きだよ。 「このままでは犯される。」、「公衆の面前で掘られる。」という恐怖に冷や汗を滲ませながら、俺は自分の身を守るため渾身の一撃を繰り出した。 「……っ、てめ…!」 必死の抵抗の末、その渾身の一撃という名の蹴りは見事神田さんの腹にクリーンヒット。 その逞しい腹筋を持ってしてもやはり人間の蹴りは痛かったらしく神田さんは一瞬たじろいだのだが、すぐに俺に覆い被さってきた。 「……ひっ!?」 絶体絶命の俺。 そんな俺を助けてくれるかのように鳴り響いたのは終わりの時間を知らせるチャイム音と、女の人のアナウンスの声。 「………」 異質な空気を醸し出す俺達を遠目で見ながら、他の人達はゾロゾロと中央に集まっている。 「……チッ、」 さすがに猫を被っている神田さんも大勢の前では乱暴なことは出来まい。密かにその舌打ちに怯えつつ、助かったと俺は胸を撫で下ろしたのだが…。 「てめえ後で覚えてろよ」 と、死刑宣告のような言葉を俺にだけ聞こえるように低い声で凄む神田さんに、おもわず少し泣いてしまったのはここだけの内緒だ…

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