44 / 149
五空間目③
「………」
湯船の中で体操座りをした俺は冷静に思った。
これからどうしよう、と。
「……俺ってば、本当に可愛くない…」
そんなことは知っている。それに別に可愛くなりたいわけでもない。
……だけど。
今だけはそんな可愛くない性格に嫌気が差している。
だって立っているだけでも限界ギリギリだったというのに、自分で濡れた身体を拭いて、服を着て、なおかつ向こうの部屋まで歩くなんて芸当は今の俺には出来そうにない。
「頼れば、良かったのかなぁ」
今更そんなことを言ってもしょうがないことは分かっている。時間は戻らないのだから。
だけども冷たく断っておきながら、大声で助けを求めるなんて真似は出来ない。
一応こんな俺にだって、プライドはある。
「……全部、神田さんのせいだ」
そもそもこんな原因を作ったのは神田さんだ。それなのにヤるだけヤっておきながら、終わったらポイッなんてあんまりじゃないか。
いや、確かに俺が断ったけれど、そこはまあ、あれだよ。
そこでこそ俺の可愛くない性格を察して強引に押し切って手を貸せよ。
「…………」
腰は痛い。尻も痛い。叫び過ぎて喉も痛いし、それに喉が渇いた。
そろそろ熱くてのぼせそうなのに、自分で湯船から出れる気がしない。
「……、ぐすっ」
…何て最悪な日なのだろう。
今日一日だけで数年分涙を流したような気がする。
そう。全部、今日のこの出来事は。
神田さんのせいなのだ。
……それなのに。
「っ、…かんださんの、あほぉ…」
「…誰が阿呆だ」
「………ぁ、」
まさか返事が返ってくるとは思っていなかった俺は、俯いていた顔を上げて、反射的に声のした方を向く。
……するとそこには。
目を細めて俺を見下ろす神田さんが居た。
「……な、んで…」
グスッと鼻を啜りながら顔を見合わせる。また泣いているとろこを神田さんに見られてしまって恥かしいやら、弱味を握られてしまったのではないかと、色々葛藤するものの。
それよりもなぜ再び俺の前に現れたのかが謎で、俺は涙を拭うことすらも忘れて首を傾げた。
「……ほら、手を出せ」
「…………」
ぶっきら棒にそう言われた。
思わず強気に反抗する暇もなく、おずおずと素直に手を差し出してしまった。
「…少し痛いと思うが、我慢しろよ」
「……ん、」
差し出した手をギュッと掴まれ、俺は神田さんのその言葉に頷く。
すると神田さんは自分の服が濡れることすらお構いなく、俺の腰を支えながら手を強く引いて、無理矢理立たせてくれた。水に濡れた俺はいつもよりも重いはずなのに、軽々と抱き上げてくれた神田さんには驚くばかりだ。
神田さんはそのまま俺を横抱きにしたまま、タイルの上に座り込んだ。
「………」
「………」
決して広くはないユニットバスルーム。
しかも、神田さんは半裸で、俺は全裸。おまけに情事後で、口喧嘩のようなものをしたばかりだ。気まずいこと、この上ない。
「………」
しかし神田さんはそのまま俺を放置することなく、俺を背後から抱き込むように座ると、柔らかいタオルで俺の身体を拭いてくれた。…家にある物とは違って、優しい柔軟材のようないい匂いがする。
「あ、あの…、」
だけど流石にここまでされる義理はない。というかむしろ恥かしいから止めてくれないだろうか。こんなことを、こんな状況でされ続けたら、俺は恥かし死してしまいそうだ…。
「俺、…自分で…」
「黙ってろ」
「………、」
細々と小さな声で訴えたものの、バッサリと切られてしまい、これ以上強く言えなくなってしまった。神田さんはそのまま俺の身体をタオルで拭いていく。
しかも、足の指まで丁寧にだ。自分の身体を拭く時はあんなにも雑だったというのに、なぜ俺なんかの身体は丁寧に拭いていくのだろうか…。
………もしかしてこれは神田さんなりの仕返しというわけか……?
「…………」
だがそんな回りくどくて面倒なことをわざわざ神田さんがするわけがない。
…それならば、これは神田さんなりの俺への気遣いということだろうか。
「っ、あ……!」
「………」
「そ、そんなところまで、拭かなくていいです……!」
「黙ってろって」
「………っ、」
…いや、だけど嫌がらせという可能性も微レ存。
どこを拭かれたのかというのは、俺の名誉のために割愛しておこう。
ともだちにシェアしよう!