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七空間目③

8月の24日、月曜日。21時過ぎ。 カレンダーを見ながら俺は、ふと思った。 「(……最後の、一週間だ)」 おかしい。おかし過ぎる。時が進むのが、早過ぎる。 「(あれ?今日が24日であってるよな?)」 確認するために神田さんがいつも読んでいる新聞を見てみれば、そこには紛れもなく、24日の月曜日と書いてあった。 …そうか、そりゃそうだよな。俺は毎日カレンダーにバツ印付けてるもん。間違うわけがない。 「………」 この二ヶ月間何をしてきただろうか。 馬鹿にされたり、苛められたり、セックスしたり。 …一緒にゲームしたり、キャッチボールしたり、美味しいご飯食べたり、笑ったり…。 「………、」 「おい、ボケッとしてんなよ。もうすぐ消灯だぞ」 「…はぁい」 そうだ。 神田さんとも、あと一週間でお別れだ。 「電気消すからな」 「…はい」 新しく備えられていた歯磨き粉の味は、高そうなパッケージで、クールミント味だった。 どうせあと一週間しか此処には居ないんだから、小さい歯磨き粉を置いておけばよかったのに。最後の最後まで、この施設は謎ばかりだ。 「………」 「なんか随分と大人しいな。いつもはもっと煩いくせに」 「べっつに。なんでもありませんよ」 「腹でも痛てえのか?」 「どこも問題ありません。…おやすみなさいっ」 「まあ、なんでもねえならいいけど。寝苦しいからって布団を蹴飛ばすなよ」 「………、」 「おやすみ、有希」 これ以上干渉されたくなくて、布団を頭から被れば、そんなことを注意されてしまった。もう子供じゃないんだから、そんなこと言われなくても分かるっつーの。 電気が消されて部屋の中は暗くなったけれど、俺はそれでも布団から顔を出すことはしなかった。 「(…あと、一週間)」 あと一週間で、あの家に帰らなくちゃいけない。あの冷たい家に、俺が存在していない家に、存在してはいけない家に…。 父さんと母さんは何してるのかな?この二ヶ月間で一回でも俺の名前を呼んでくれたかな?一度でもいいから、俺を思い出してくれたかな? 「……ははっ、それはないな」 布団の中で、声にならない声で俺は笑った。 じゃあ、弟の帝はどうだろうか。 いや、考えるまでもない。両親と同じで無関心に決まっている。きっと俺が居なくなったことにすら気付いていないと思う。 「(……あーあ…)」 帰りたくないなぁ。お金なんて貰わなくていい。むしろお金を払うから、このまま此処に居させて欲しい。 貞操の危機とか関係なく。 …この温かい場所から、離れたくない。 「………」 でもそんな願いは絶対に叶わない。 それに、それはただの俺の我侭じゃないか。神田さんには、俺と違って居場所がある。神田さんの帰りを待つ人が、世界に何億人と居るんだから。 だけど叶わないのならば。 最後に一度だけでいいから、あの大きな手で俺の頭を撫でてくれないかな? ……神田さんに触れられなくなってから、一週間以上経つ。

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