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七空間目⑨

「……はぁ」 この生活にもすっかり順応してしまい、人との温もりを求めていた俺にとっては神田さんとの共同生活も性行為込みで悪くないと思い始めてから俺は一つのことばかりを考えていた。 ……それは、『神田さんと離れたくない』ということだ。 自分でも嫌というほどに分かる。今現在の俺は彼にとことんまでに依存してしまっている。できることならば彼と離れたくないとまで思っている。たとえその場限りの性欲処理に使われているとしてもそれでも構わない。彼の温もりが、たまに与えてくれる優しさが心地良くて堪らない。 だからこそ俺は、この生活があと数日だということにとてつもなく落ち込んでいたりする。 「ハァー」 「さっきから辛気臭い溜息ばかり吐きやがってうぜえ」 「……相変わらず神田さんは辛辣ですね」 「俺は事実を述べたまでだ」 「優しさが足りない」 だけど以前ならば苦痛でしかなかった辛辣な言葉も、あと少しで聞けなくなると思うと苦痛ではなくなる。むしろもっと言ってください、とお願いしそうになるくらいだ。 …………いや、さすがにそのドマゾ発言はあり得ないな。まあだがしかし、そう思ってしまうほどに俺は色々と名残惜しいのだ。 「……で?」 「え?」 「そこまで深い溜息を吐く理由を訊いてるんだよ」 一々言わねえと分かんねえのかと睨みつけてくる神田さん。そんな彼に睨まれた俺は、突然のことに一度呆けた後にすぐに口元を上げた。 「ふふっ。本当に神田さんは……、」 『優しい人ですね』。 改めてそう思ったのだが、俺はその言葉を声に出さずに自分自身で大切に味わうように飲み込んだ。きっとそれを素直に伝えたところで受け止めてもらえずに、「馬鹿にしてんのか?」とでも言われて睨まれるだけだ。 「…………」 「なんだよ?」 「……いえ、やっぱりなんでもないです」 それならばいっそ、この気持ちもこの言葉も宝物のように胸の中にしまいこんでいた方がいいに決まってる。神田さんと一緒に過ごせる日も残り少ししかないんだから、こういうことも大事に思い出として取っておこう。 …………きっと今が、俺の人生で一番幸せな時なのだから。 「ふふふっ」 「……アホみたいに溜息吐いていると思ったら今度は一人で笑ってるし、本当にお前はわかんねえ奴だな」 「なんとでも言ってください」 今の俺は超ポジティブ思考だから、どんな悪態だっていい方向へと勝手に変換できる。 「神田さんから授かった言葉で今後も俺は生きていきます!」 我ながら重たい台詞だと思う。でもこれは嘘ではない事実だ。だってきっと俺が今以上に人と関わり合いを持つことは、今後ないだろうから。 「ふはっ、なんだよそれは」 胸を張ってそう言えば、神田さんは吹きだすように笑った。 相変わらず突拍子ねえな、と笑う神田さんはやっぱり男の俺から見ても格好良い。思わず見惚れてしまうくらいだ。

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