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七空間目➉

「人生の先輩として今後の参考にさせてもらいます」 「大して年齢変わらねえだろ」 「そうだとしても、引きこもりの俺とは経験してきたことが違いますよ。比べ物にならないはずです」 「どうだかな」 「今の俺は神田さんのどんな言葉も受け止めますよ」 「…………へえ」 「人生の先輩として喜んで吸収します」 「……ふーん、どんな言葉もねえ」 「………?」 その瞬間、神田さんの笑みの種類が変わったことに俺は気が付いた。爽やかな笑みから、一気に悪どい笑みだ。二ヶ月近く一緒に居てその変化に気が付かないほど俺は鈍くはない。 ……そして彼がこの笑みを浮かべたということは、俺によくないことが起こるということだ。 「か、神田さん…?」 「それじゃあ、たとえば俺が、」 「な、なんですか?」 「俺がお前のことを……、」 「……?」 これまたとんでもないことを要求されるんではないかと身構えてしまう。内心ビクビクとしながら彼の口から出る言葉を怯えながら待っていたのだが……、 「…………いや、やっぱりなんでもねえ」 意外にも神田さんは開けていた口をゆっくりと閉じて、そして息を飲みこむように次の言葉さえも飲み込んでいた。 「え?ええっ!?そこまで言っておきながら普通途中で止めますか?すっごく気になりますよ!」 「……うっせえよ」 「あらら?」 どうやら本気で続きの言葉を言うつもりはないようだ。何を言うつもりだったのか、すごく、すっごーく気になるけれど、これ以上余計な詮索はしない方がいいだろう。無理をして聞き出そうとしても怒られてしまうだけだろうし、それに言いたくないことを強引に言わせるのは好きではない。 「ま、まあどんな言葉も受け止めるというのは確かに語弊がありますね。無理なことは無理ですし」 このまま気まずい空気になるのは避けたくて、俺はすかさずフォローを入れるように言葉を紡いだ。……それに俺の第六感が続きの言葉をこの場で聞くべきではないと訴えている。 だから俺は話題を変えるように、神田さんを強引にゲームを誘ったのだった。 …………ついに。ついに来てしまったこの日が。この訳の分からない密室空間でのアルバイト最終日が。 来てほしくないと願っても残酷に時は過ぎていき、俺の充実した生活を明日から奪おうとしているのだ。しかも今日が最終日だと、明日からは神田さんと居られないと思うと変に意識してしまって、全く神田さんと会話らしい会話をしないまま夜になってしまった。 「おい」 「……は、はい?」 「電気消すぞ」 「……はい」 折角の貴重な時間を俺は無駄にしてしまったというわけだ。

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