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八空間目③
「……だいたい、最初に捨てたのは帝の方だろ」
見るからに弱り切った相手に対して言う台詞ではなかったかもしれない。だけどそれを我慢できるほど俺は優しい人間でもなければ大人になりきれていない。今まで帝から受けた仕打ちを思い出しながら俺は泣きそうになるのを堪える。みっともないことに最後の方は声が震えてしまったけれど、それは仕方のないことだろう。……俺は今まで散々一人で耐えてきたのだ。
「俺が居なくなって清々した?」
「……兄貴」
「それともストレス発散道具が居なくなってむかついた?」
「…………」
「二ヶ月の間も嫌いな相手の顔を見ずに済んで……嬉しかっただろ?」
こんなウジウジとした陰気な台詞を吐いて、生意気な口を叩くと殴られ怒られそうだけど、一度言い出してしまったら止まらない。『ああ、全部その通りだよ』と、肯定されてしまったら酷く悲しいくせに言わずにはいられない。
必死に泣かないように我慢をしていたのだけれど、恥ずかしいことに泣いてしまった。しゃくり上げながら言った台詞はきちんと帝に届いたかどうか分からないが、別にそんなことはどうでもいい。答えが欲しいわけではない。聞いてほしいわけではない。ただ全部俺が言いたかっただけだ。
だが、帝は反応を返してくれた。
「……そんなわけねえだろうが」
俺の脂肪が沢山付いていてふくよかな身体が壊れてしまいそうなほどに強く抱き着いてくると、確かに否定する言葉を俺に投げ掛けてくれたのだ。……その言葉を聞いて、俺は更に涙を流す。きっと肯定されようとも、否定されようとも俺は同じく泣いていたのだと思う。
「……俺はずっと帝と仲の良い兄弟で居たかったよ」
こんなにも帝に対して本心を曝け出したのはきっと初めてだ。今までは逆らうのは勿論のこと、世間話をすることすらできなかった。暴力以外で触れ合うことだってなかった。……でも今は確かに本心を曝け出して帝と向き合っている。それがただただ嬉しくて、自分からも帝の身体を強く抱き締め返した。
「……ふざけんな」
「……帝?」
「俺はお前と兄弟なのが嫌なんだよ」
「……そんなこと、今更言われなくても分かってるよ」
「違う」
「……っ、!?」
しかし、『兄弟なのが嫌だ』と面と向かって言われたことにショックを受けたのだが、その感情はすぐさま薄れることになった。
…………なぜなら。
「……ん、んっ!?」
「…………は、」
帝にキスをされているからだ。
乾燥した帝の唇の感触と熱と匂いをまじまじと感じてしまい、俺は突然のことに目を見開く。
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