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八空間目➉
「な、なんだよ今まで我慢してたって?」
怖くて聞きたくない気持ちも強いけれど、聞かないまま放置しておくのもまた違う恐怖があって、思わず訊ねてしまった。
「俺が少し苛めるだけで逐一潤んだ目で見上げてきやがって、その度に俺がどれだけ欲情してきたか兄貴は知らねえだろ」
「知るわけねえだろ!」
むしろそんな詳しい性事情などは一生知りたくなかった!
「まだ兄貴のことを好きだと自覚する前は、欲情してしまう度に俺はそれを認めたくなくて暴行を働いてしまったが、……だけど泣き喚く兄貴の面を見て俺はこの気持ちを自覚したんだ」
「……あ、愛情が歪んでる」
そんなことが切っ掛けで俺への愛情を自覚しないで欲しかった。
てっきり帝は、俺のことが嫌いで疎ましくて仕方なくて、暴行を働いているとばかり思っていた。それなのに蓋を開けてみれば、俺が全然悩む必要などなかったんだ。
「痛かったよな、悪い。でも暴力を振うその時だけは、俺のことを見てくれて嬉しかったんだよ」
「……俺のこと嫌いじゃなくて好きなら、素直にそう言ってくれればよかったじゃん」
「言ったところで気持ち悪がられるか、嫌われるだけじゃねえか」
「そんなの分からないだろ」
「どっちにしても受け入れてもらえないことは確実だろ。だから一生この想いは打ち明けるつもりはなかったんだよ」
「…………」
「でも今は違う。二度と兄貴を失いたくないから、分かってもらえるように何度だって言うぜ」
「……帝」
「俺は兄貴が好きだ」
熱い視線で俺のことを見つめてくる帝の熱意がヒシヒシと伝わってくる。
「だけど、すぐに受け入れてもらえないことは分かってる。だから、少しずつでいいから受け入れてくれ」
「…………うん」
俺は帝の言葉に戸惑いつつも、その真剣な様子におもわず頷いてしまった。
帝が俺のことを好きだということは理解したけれど、その気持ちを受け入れることはないだろう。それは俺たちが男同士だとか兄弟だからとかそういう次元の話ではなく、もう俺の心は神田さんに奪われているからだ。それが決して実らぬ恋だとしても、そう簡単にケジメを付けて終わらせられる話ではない。
だから帝のことを思うのならば、本当なら帝に期待を抱かせるような返答や反応をしてはいけないはずなのに、卑怯で弱虫な俺はそれができなかった。
「ありがとう」
お礼を言われてしまい、余計に胸が痛む。
……だってこんな形であろうと、やっと帝とまともに話すことができたんだ。それがすぐに崩壊してしまうのが怖くて、俺は帝の俺を好きだという気持ちに付け入ってしまった。
「(……近い内にきちんと話そう)」
そう決心しながら、俺は部屋の換気をするべく窓を開けたのだった。
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