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九空間目⑤

「兄貴、風呂入らねえのか?」 今か今かと時刻をジッと見つめながらスマホを片手にうつ伏せで寝転んでいると、自室の部屋の扉をノックされた。最近規則正しい生活を送って、ほぼ決まった時間にお風呂に入っていたからなのか、帝が俺の様子を見に来てくれたようだ。だが今日だけは悠長にお風呂に入っている余裕などない。 ……だって今日は、神田さんのサイン会チケットの当落発表の日だからだ。 「俺まだ当分入らないから、帝から先に入ってていいよ!」 「珍しいな、なんでだよ?」 「な、なんででもだよ。別にいいだろ」 神田さんのサイン会チケットの当落発表の日だからって正直に言ったら、きっと帝に嫌な思いをさせた挙句に怒られてしまうだろう。だからそれだけは絶対に避けたい。 「ふーん?なにか隠してるわけじゃねえよな?」 す、鋭い。なぜこういう時に限って疑ってくるんだろう。もしかしてだけど、俺の反応がわざとらしいのか?確かに俺は嘘を吐いたり誤魔化したりするのは下手だけど、表情を見ずに声だけで疑われてしまうのは流石にポンコツ過ぎないだろうか。 嘘を吐くのは本当に心が痛むけれど、ここはそれを突き通すしかない。 「う、うん。当たり前じゃん」 「そうか。少し顔が見たいから扉を開けてくれないか?」 「だ、だめ!」 今すぐには無理だ。なぜなら神田さんの顔を見ながら強く祈れば当選してくれるかもしれないと思い、神頼みならぬ神田頼みをしていたから、いつも隠しているはずの神田さんグッズがそこら中に放置されているからだ。鍵を掛けているため無理やりに入ってくることはないだろうが、俺は内心心臓をバクバクさせている。 「……やっぱり怪しいな」 「あ、怪しくないし!帝だって男なら入られたくない時だってあるだろ!」 「べつに俺は兄貴ならいつだっていいけど」 「……っ、だから今はオナニー中だから空気読めって!それくらい分かれよ……っ」 「…………!」 思い切り嘘を吐いてしまったけれど、こう言ってしまえば帝だって無理に部屋に入って来ようとも、これ以上しつこく訊ねてくることもしなくだろう。 …………と思ったのだが、 「お、おい!?ドアノブをガチャガチャするな!壊れるだろうが!」 なぜか帝には逆効果だったようで、壊れる勢いでドアノブを捻ってきた。 「……ふざけるな。余計に開けたくなっただろ」 「お前こそ、ふざけるな……!」 「……クソっ。近くに居るのに触れねえの辛いな」 「……み、帝」 「兄貴が一人でしてるところを想像したら勃ってきやがった」 「そ、そんなこと一々報告せんでいい!」 そして帝は俺も処理してくると言って、俺の部屋の前から退いてくれた。

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