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九空間目④

最終日の夜に勇気が出なくて「また会えますか?」とも「連絡先を教えてくれますか?」とも訊ねることもできなかった。それは単純に勇気が出なかっただけではなく、『俺なんかが訊くのはおこがましい』と思って、気持ち悪がられて嫌われてしまうのが怖かったのだ。だから実は、あわよくば神田さんの方からそのようなことを言ってもらえないかなぁと他人頼みをしていた俺が居る。 「(……神田さんから訊ねられたら、俺は喜んで教えていただろう)」 勿論その気持ちはバレないように必死に感情を隠しただろうけど、内心ではニヤニヤ顔で喜々として教えていたと思う。 「(神田さんにとって俺はどういう存在だったんだろう?)」 一緒に居る時は少なからず気に入られていると、好かれていると思っていた。最初はかなり意地悪で粗暴だったけれど、一緒に居る時間が増えるにつれて神田さんの言動にはそう思えてしまうような甘さや優しさが確かにあった。 でもそれは何度も何度も思ってきたけれど、俺がその時選ばれた≪二ヶ月限定の同室者≫だったからなのかもしれない。つまりは一時的なものだったのかもしれないのだ。あの日嫌がって必死に抵抗をしていた俺を、理性のない獣のように無理やり何度も犯したのだってあの時あそこに俺しか居なかったからなのかもしれない……。 「(……いやいやいや。ダメだな。ネガティブなこと考え始めたらキリがないな)」 嫌なことも理不尽なこともあったけれど、それでもあの時神田さんが俺に与えてくれたもの全てがただの気まぐれだとは思えない。だからこそ俺はあの空間から、神田さんから離れたくないと強く思ったんだ。 「(……ああ。やっぱり神田さんに会いたいな)」 されたことや感じたことを思い出す度に、胸が締め付けられそうなほど恋しくなる。どんなに足掻こうとしても、やっぱり俺は神田さんのことが好きなんだ。 …………だから……、 「(あの時は勇気を出せなかったけれど、今回は勇気を出してみようかな)」 チケットに当選するかどうかも分からないけれど、応募するだけしてみよう。 「つーかさ、最近の神田皇紀マジでやばくない!?」 「マジでやばい!なにあれ!?あんなキャラ隠し持ってたのずるいっしょ!」 「爽やかイケメンキャラから、ドS俺様キャラまで演じきれるとかやばすぎる」 「バラエティでもたまにそういう一面見せるけど、どれが素なんだろう?」 「はぁー、あれで素がオラオラ系だったらドストライク過ぎて死んでもいい……」 「たしかに!」 電車内だというのに盛り上がる女子高生達の会話を聞きながら、神田さんの素を知っている俺は密かに口元に笑みを浮かべてその場を後にしたのだった。

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