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九空間目③
「ほら。カレー大盛りでいいだろ?」
「うん、ありがとう」
「きとんとサラダも食えよ」
「わ、分かってるって」
同じ両親から産まれたとは到底思えないほど、俺と帝は似ていない。チーズトッピングまでされた大盛りに注がれたカレーライスを受け取ってから、俺は自分のたるんだ腹の贅肉を摘んだ。
「……なにしてんだ?」
「いやぁ、食事制限した方がいいよなーと思って」
「まあ、健康のこと考えたらその方がいいかもな」
「あっ、こら!お前まで触るな!」
帝はそう言うと、俺と同じように贅肉を摘んできた。自分でも太っているということは重々自覚しているけれど、その醜い姿を人に見られたり触られたりするのは、たとえ相手が兄弟であろうともとても恥ずかしいことだ。
「だけど触り心地も抱き心地も最高だぜ?」
「う、嬉しくない!」
……やっぱり明日から食事制限をしてダイエットをしよう。大盛りのカレーライスを食べながら、そう決心した瞬間だった。
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退屈で嫌な学校が終わったけれど、このまま家に帰って帝と二人きりになるのは気まずくて、今日は引きこもりの俺にしては珍しくも電車で遠くに出掛けることにした。学生達や社会人の帰宅ラッシュの時間にも関わらず、運が良いことに端の席に座れた俺は、目的もなく電車に揺られながら目を閉じる。
「あっ。神田皇紀珍しく呟いてるじゃん!」
「はぁ、まじっ!?なんて!?」
「今回新事務所で初の写真集を出版するから、近くの会場を貸し切ってサイン会開くって!」
「やっば!絶対行く!」
「いや、だけど流石にチケットの倍率やばいっしょ!」
「死ぬ気で取るんだよ!」
「気合で取れるなら誰も苦労しないしー。まあ、絶対取るけどね!」
……すると、正面に座る女子高生の盛り上がる声が聞こえてきた。
「(……サイン会?ってことは、本人に会えるってことか?)」
宣伝用として神田さんがSNSをしていることは知っていたけれど、テレビとは違ってなんとなく怖くて見る勇気がなかった。だからこうして目の前に座る女子高生の会話を聞いていなければ、俺はサイン会の存在を一早く知ることなどできなかったかもしれない。
「(……神田さんに会えるのかもしれない)」
目の前で神田さんの顔を見れて握手をして触れ合える最後のチャンスなのかもしれない。
「(だけどたとえチケットが取れたとしても、俺が会ってもいいのかな?)」
神田さんに気持ち悪がられるかもしれない。そもそも、もう彼は俺のことを覚えていないかもしれない。
……そう思うと、とても怖い。
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