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十一空間目⑧
できるだけ声を潜めたつもりだったのだが、寒空の下の閑静な住宅街に、たしかに俺の声だけが響いた。
目を逸らして今すぐにでも逃げ出したい気持ちに駆られるものの、ここで視線を逸らすのはなにか違う気がして、必死に正面から立ち合う。
「…………」
「…………」
無言のままで何も言われないこの沈黙の時間がとても辛い。もうこれ以上俺から何も言うことはできないのだ。そのためできることなら帝に反応を返してもらいたい。
……そう思っていると、帝も俺から視線を逸らさずにゆっくりと口を開いた。
「…………知ってた」
「……え?」
「そうだと分かっていたけど、気付かないフリをしていた」
「……そう、なの?」
「認めたくなかったんだ」
「……帝」
「でも兄貴分かりやす過ぎ」
流石に長年一緒に居るからなのか、それとも俺が演技をするのが下手だからなのか、俺の本心に帝は気付いていたようだ。……だけど、帝はそんな素振りすら見せなかった。それを今知って、余計に申し訳ない気持ちになってしまう。帝は今までどんな気持ちで俺と一緒に居てくれたのだろうか。それを想像するだけで、すごく悲しい気持ちになってしまう。
「…………すげえ、聞きたくないんだけど、訊いていいか?」
「……なに?」
「そいつとは付き合ってんのか?」
「…………、うん」
「……そうか」
この真実を告げることで、もっと感情を露にされるかと思っていたのだが、俺の予想とは真逆で、帝は落ち着いているようにも見える。もちろん帝の心の中が読めるわけではないのでどう思っているのかなど俺には分からないけれど、それでももっと怒ったりするかと思っていた。
そして帝は俺から視線を逸らして大きく溜息を吐くと、眉間に手を当ててみせた。
「……あー、クソ」
「…………」
こんな状況で何て声を掛ければいいのか分からない。これが当事者ではなければ、相談に乗ったり愚痴を聞いてあげたりすることもできたのかもしれないけれど、この場合はそういうわけにはいかない。どうすればいいのか分からず見つめていたら、突然帝から抱き締められた。
「っ、え?な、なに?」
「……あったけえな、相変わらず」
「……寒いから、早く家に帰ろう?」
「家に帰ったらキスしていいか?」
「は、はぁ?ダメに決まってるだろ」
なんで突如そんな話になるんだっ。訳も分からず困惑していると、帝が更に俺の身体を抱き締めてきた。
「じゃあ、セックスする」
「……お、お前なぁ……」
冗談だと思うけれど、だけど冗談には聞こえない。
バシッと軽く背中を叩いてやれば、帝は抱き締めていた俺の身体を離して、今度は手を繋いできた。
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