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番外編② 画家は遠い未来の絵を描く

「っ、あ……ん……」  間接照明だけが灯る部屋。ベッドが軋む音と艶めかしい水音、そして俺の喜悦の声が響く。  俺の恋人はベッドの上に座り、俺の太腿を掴んで杭を穿ちながら、快楽を貪るように腰を振った。俺は腰をを浮かせた格好になっているから、正直腰と背骨が痛い。 「クロード、さん……」  けれど、熱情の籠もった瞳に見下ろされるだけで、甘ったるい声で名前を呼ばれるだけで、俺はこの男のしたいようにしようと思ってしまう。 「クロードさんの……達するところ、見たい、です」  ああ、だからこの格好なのか、と納得する。芸術家としての好奇心なのか、それともただスケベなだけなのか分からないが、今更出し惜しみするプライドなど無いし、セックスは諸事情でしばらくご無沙汰だったこともあり、俺は恋人の要望に応えることにした。 「……じゃ、早く俺の良いとこ……責めろよ」 「はい、クロードさん……」  シャルルの手が俺の腰を掴み、ぐいと強く引き寄せた。 「あっ、あぁっ……!」 「もっと……気持ち良く、なってください」  何度も何度も俺が教えた性感帯を擦られる。その度に脊髄を通って首筋まで電気が走った。そして、腰が勝手に動いて、彼の欲望を奥に奥にと誘なう。  俺を見下ろす翡翠の瞳は、俺を愛おしいと思う慈愛と犯し尽くしたいと思う肉欲との狭間で揺れていた。普段見ることのないその姿に、俺は言いようの無い快感を覚えるのだ。 「シャル、ルっ……も、イく……っあ、ん……ぁ、あっ……!」  目の前に星がちかちかと瞬く。俺は下半身を痙攣させながら、白濁を自分の身体の上にぶち撒いた。三日か四日分のそれは、俺がだらしなく空いた口の端から垂れる涎のように、びくびくと腰を震わせるのに合わせて茎の尖端から吐き出される。  その醜猥な姿を見下ろしながら、シャルルは笑みを浮かべた。 「……クロードさん……綺麗……」  恍惚とした表情で俺を見、そう囁いて、シャルルはまだ微かに痙攣している俺の太腿を掴んで大きく開かせると、俺の上に覆い被さった。 「ん、あぁっ……やめ、っあ……! や、ぁ……!」 「好き、です……クロードさん」  達したばかりで敏感になっている俺は嫌だと言いながら快感に溺れ、嬌声を上げる他なく、最奥に杭の尖端を突き立てるような執拗な愛撫に身を委ねる。 「っ、クロード、さん……」  早くなる律動と俺の中で張り詰める茎に、シャルルがもう限界なのだと感じた。でも、達する直前、シャルルがまるで悪事を働いているかのように、辛そうに眉根を寄せるのを俺は知っている。  だから、俺に許しを乞うように何度も名前を呼ぶのだ、と。 「ぁ、ん……いい、よ……シャル、ル……」  手を伸ばしシャルルの後ろ頭を撫でると、俺を見詰める翡翠色の瞳の揺らぎが、海が凪ぐように収まっていく。 「ん、っ……!」  短く息を切ると、シャルルはびくっと腰を震わせて俺の中で飛沫を放った。そして、しばらくそのままの状態で呼吸を整えてから、ゆっくりと身体を起こし、俺の中から杭を引き抜いた。  シャルルがゴムを外すのを見ながら、中に溜まっている白濁の量に思わず息を呑む。三日くらいでそんなに溜まるのか、と若さを見せつけられている気分だった。  と、シャルルはベッドサイドの棚の上に置いてあるケースからティッシュを十数枚取って、俺の身体に付着した液体を拭き取った。  まるで母親にシモの世話をされる幼児のような気分になるから、今までそんなことを相手にさせたことはなかったが、この男は聖女の涙を拭うような所作で羞恥など感じさせることなく、俺の身体から欲望の残滓を拭い取るのだ。 「クロードさん、眠たいですか」  俺の汗で額に張り付いた前髪を掻き上げて微笑む。 「……まあ眠いな」  そう答えると、シャルルはベッドから離れて部屋の片隅にある机から何かを取りに行く。ああ、またかと思う。  戻ってきたシャルルの手には、スケッチブックと鉛筆。ベッドの下の方に腰をおろすと、スケッチブックのページをめくり、俺を見下ろしながら鉛筆を動かし始める。  いつからか、シャルルはセックスの後、こうして俺を描くようになった。始めはちょっと抵抗があったけれど、彼の俺を見る目があまりにも真っ直ぐで熱っぽくて、劣情を催してしまい、始めの頃はシャルルが描き終わると、二回目に突入したものだった。  しかし、最終的に気付いたのだ。こいつの描く絵は凡人の俺には理解できないものだと。つまり、俺を描いているんだろうけど、常人には毛虫にしか見えないようなものを描き続けているのだ。見た人間のうち何人が事後の俺の姿を描いていると思う?  そう思うようになってからは羞恥もなく、まあ好きにさせようという気持ちになった。  翡翠の瞳が、俺の身体を舐めるように見る。彼の雄の部分を垣間見て、吐息を漏らした。が、今は射精後の倦怠感と間接照明のオレンジの灯りが、眠気を誘ってうつらうつらし始めてしまう。  目を閉じる。鉛筆が紙の上を走る音だけが聞こえる。心地良い感覚に、次第に意識が遠退いていった。 「クロードさん」  すぐ側で聞こえる恋人の声に、夢の世界から意識が浮上してくる。重い目蓋を持ち上げると、目の前には俺の顔を覗き込むシャルルの顔があった。 「ボンジュール」  そう言って微笑んでそっと俺の前髪を掻き上げると、額にキスを落とす。 「……ボンジュール」  朝起きた時にベッドに一人だと俺が悲しむからと、シャルルは毎朝俺が起きるまで待つか、俺が寝坊しないくらいの時間に優しく揺り起こしてくれる。俺の方が早く起きることはほとんどないから。  けれど、今日は俺もシャルルも休みで、いつまでも寝ていても構わない日のはずだが。 「今日は何食べたいです?」 「何言ってんだよ。俺が作る」  ベッドから降りて、脱ぎ散らかしたままの下着を身につける。 「仕事で遠出して疲れてるだろ。トーストとベーコンエッグとか、簡単でいいよな?」 「はい、ありがとうございます」  寝室を出ると、開けっ放しのスーツケースにシャルルが旅行で寝間着に使ったのか、スウェットが入っていたので、それに袖を通した。ちょっと袖が長いので腕を捲り、手を洗う。  棚からトースト二枚を取り出し、トースターに並べ、フライパンに軽く油を引いて火にかけた。 「クロードさん」  普段は俺がキッチンに立つ時、邪魔になると分かっているので近くに寄ってきたりはしないけれど、今日は何だか甘えた声で隣に擦り寄ってきた。  ベーコンを炒めながら、ちらりとシャルルの方を見ると、じっと俺を見詰めていた。  俺達が出逢ってから、一日以上空けて会わなかったことはなかった。三日でも離れているのが苦痛でなかったと言えば嘘になる。  俺は背伸びをして、軽くシャルルに口付けて、再びいい色合いになったベーコンに視線を移す。 「……卵二個割って」 「分かりました」  シャルルは冷蔵庫から卵を取り出し、二個ベーコンの隣に並べて落とした。簡単に胡椒で味付けする。 「後で抱きしめてもいいですか」  シャルルが手に一枚ずつトーストを乗せた皿を持って差し出す。火を止めベーコン二切れと目玉焼きを一つ盛り付けた。 「そういうこと、いちいち聞くな」  あとはコーンの缶詰を開けて、トーストの脇に添える。熱くなった頬を隠すように俯きながら。 「あー、飲み物ねえわ。ミネラルウォーターでいいか」 「ええ」  グラスに水を注いで、ダイニングテーブルに置く。と、後ろから強くシャルルに抱き締められて一瞬動きを止めた。 「リヨンは……楽しかったか?」 「はい。向こうの画商の方が僕のデザインを気に入ってくれて、絵の方にも興味を持って頂いて、今度絵を見にきてくださるそうです。上手く運べばリヨンのギャラリーで取り扱ってもらえるかもしれません」 「へえ、そりゃ良かったな」  父親の仕事の手伝いで、リヨンで開催される展覧会のチラシや看板のデザインを手掛けた経緯からついていくことになって、リヨンに三日ほど出掛けていたのだ。 「でも、夜にホテルの部屋で独りになると、クロードさんが恋しくて、今すぐにでも飛んでいきたい気持ちになりました」  シャルルの体温が背中から伝わってくる。不意に安堵の溜息を溢しながら、俺を抱き締める腕に手を添えた。 「ずっとこうしていられたら、幸せなんですけど」 「ばか、飯も食わなきゃ死ぬだろ」  後ろでシャルルが笑う。「冷めちゃいますね」と身体を離してテーブルについた。名残惜しさを覚えつつ、シャルルの向かいの席に座る。  「ボナペティ」と互いに言葉を交わして食べ始める。シャルルが言うから、俺もそれに倣うようになった。 「そうだ、リヨンでソランさんに会ったんです」  ソラン、と言えば、シャルルが俺の働く店に来るきっかけになった人物だ。  十年以上も前、俺がまだ見習いだった頃、一緒に働いていた年下の見習いコック──オートゥイユという名だった──と色々あって身体の関係を持っていた。結果的には俺がオートゥイユからイチゴのタルトのレシピを盗んだことで、オートゥイユは店を辞め姿を消したのだ。  神がいるなら、神は俺を罰したのだろう。俺は俺の望む望まざるとに関わらず、その日からオートゥイユのイチゴのタルトを作らされることになったわけだ。店をいくつ変わっても、なお。  そのオートゥイユの今の恋人がそのソランという男で、俺のタルトを食べて俺の罪に気付き、紳士的な男だったが俺の胸ぐらを掴んで激怒した。  オートゥイユが羨ましいと思った。彼には才能があったし、容姿にも恵まれていた。恋人にもこれほど愛されている。俺には何もない。  才能も、恵まれた容姿も、愛されることも。何もないから、俺は軽薄な汚い言葉でソランという男の愛を試すような真似をした。  だから、その後ソランの知り合いだという若い紳士がやってきた時は、面白がっているのかと思ったものだったが。誰が俺が望んでも手に入らなかったものを一つくれるなんて予想しただろう。 「結婚するんだそうですよ」 「……は?」  想像の斜め上をいく話に、思わず大口を開けてトーストを運んでいた手を止める。 「式自体は挙げないそうなんですが、来月結婚パーティーを旦那さんのオートゥイユさんのレストランでやるんだとか」 「へ、へえ……それはめでたいな」  正直過去の色々は、シャルルとの関係が順調にいっているので今更どうでもいい話だ。  で、今思っているのは、シャルルがどこまで知っていてオートゥイユの名を出しているのかということだった。  目の前の恋人は笑顔で美味しそうにベーコンを頬張っている。流石にソランという男も自分の恋人の「汚点」を他人に語ったりはしないか。  いや、しかし、シャルルがなぜかいつも以上ににこにこと上機嫌なのが分からない。他人の結婚を祝う気持ちからくる笑顔だけでは無さそうだ。 「この間約束しましたよね」  ──この間。俺がシャルルと「ずっと生きていく」と言ったことか?  だとしたら、まさか──俺達も結婚しようだなんて言わないよな?  意味深に微笑むシャルルに、心臓の鼓動が速くなってくる。 「いや、でも俺達まだ付き合ってそんなに経ってねえし……!」 「そんなこと言ってたらいつまで経っても先に進まないじゃないですか」 「こ、心の準備ってもんがあんだろ……!」  急な展開に思考がついていかない。顔が熱い。  正直、年下で恋愛経験も俺だけっていうシャルルが、これから先ずっと一緒に居るかなんて分からない。だから、結婚という契約を交わせば、彼を縛ることができる。それは、いつまで経っても不安が拭えない自分にしたら、正に渡りに船ではあった。 「もう待てませんよ。来月からここで若手現代美術家の美術展があるんですから」 「……それと何の関係があるんだ」 「え、父さんに紹介しないと……って話しましたよね?」  シャルルが目を丸くするのを見て、俺は顔が沸騰するほど熱くなった。自分の勘違いが、あまりにも恥ずかしくて。 「結婚パーティーに父が来るんです。その時に父に紹介したいと思っています。クロードさんも一緒に行ってくれますか?」 「あ、ああ」  ちゃんと理解せずに適当に頷いてしまったが、よく考えたら昔肉体関係があった男の結婚パーティーに出席って物凄く不味いのではないか。シャルルに対してもそうだが、相手に対してもかなり気不味いのでは……? 「お二人の結婚を祝う会ですから、クロードさんのことを紹介するには良い日だと思うんです」  ああ、そういうことか。同性婚をする二人を前にして父親がまともに反対するとは考えにくい。シャルルも俺との関係を認めて欲しいと思っているのだろう。そもそも親に紹介することには、それなりの覚悟が必要な関係だから。  気不味さはなんとか我慢するしかない。シャルルが決めたことを俺のくだらない過去なんかのために取り止めにはしたくない。 「お休み取れそうですか? できればリヨンで一泊したいのですが」 「まあ大丈夫だろ。今まで長期休暇も取ってねえし、三日くらいは取れるんじゃねえか」  その言葉を聞くと、「本当ですか」とシャルルは爛々と瞳を輝かせ、笑みを浮かべた。 「嬉しいです。クロードさんと旅行に行けるだなんて」 「……大袈裟だな。リヨンなんて、パリからTGVで二時間だろ」  ──旅行。二十年近く前の家族旅行以来記憶にない。恋人と旅行なんて、考えたこともなかった。「大袈裟」なんて言ってる俺の方が意識している。 「どこに行きたいですか? どこでもいい、は駄目ですよ」  返答を読まれて封じられてしまった。本当にシャルルとならどこに行ったって構わないのに。 「……街見て歩いて、良さそうなカフェで甘い物食べたり、とか」  あまりにも普通過ぎる答えしか出なかった。観光地とか言えばよかったかと思ったけれど、シャルルは「楽しそうですね」と嬉しそうに笑った。 「リヨンの旧市街をクロードさんと歩けるなんて素敵です」 「まあ……俺等デートっぽいことしてないしな」  と、自分で言っておいて、これデートか、デートなのか、とよく分からない感情が込み上げてきて、目の前のトーストを一気に食べて、水で流し込む。 「すみません……僕が、クロードさんのお休みに合わせられないから……」 「別にデートしたいとか言ってねえし! っていうか、芸術家ってそういう仕事だろ。毎日家行けば会えるし、一緒に飯も食える。不満はねえよ」  明らかにしょんぼりしているシャルルを励まそうと、余計なことをつらつらと並べ立ててしまった。半同棲状態の今、「毎日会って食事する」のがベストなら、最早同棲を望んでいるようなものだ。 「僕は……クロードさんと色々なものを見たり聞いたり食べたりしたいです。何が好きとか嫌いとか、たくさん知りたいな」  シャルルは俺が思うよりもずっと、俺のことが好きなのだろう。俺がシャルルを好きな気持ちと同じくらいには、俺を好きなのだ。俺のことを知りたいなんて、思わないだろうから。  俺が一方的に情を傾けるだけの関係ではないということが、幸福であると思わせてくれる。シャルルのように気持ちをストレートに言葉にされるのは照れるけれど、不安になりそうになる俺の心を何度も掬い上げてくれるのだ。何より彼の眼差しが、俺に真実を告げるから、胸の奥がじわりと温かくなった。 「……これからの人生、一緒に居るんだろ。そんなに焦らなくても、まだまだ先は長いんだからさ」  言いながら恥ずかしくなってきて、水を飲み干し食べ終わった食器をキッチンに持っていく。 「では、今日これからデートしませんか?」  皿を洗っていると、食べ終わった食器をシャルルが持ってきて言う。 「は? 今日は一日セックスだろ。昨日の一回で足りるわけねえだろが」 「クロードさん……それはあまりにもムードが無いです」  困ったように苦笑して、シャルルは俺の洗った皿を受け取り、布巾で拭って棚に仕舞う。  ふと昨夜のことを思い出した。俺が裸でベッドに横たわっているのを真剣な眼差しを向けながら、クロッキー帳に鉛筆を滑らせるシャルルの姿を。 「つか、何で俺を描くわけ?」 「え?」 「セックスした後。怠いから止めねえけどさ」  フライパンの油を洗い流し、シャルルに渡す。シャルルは数回瞬きをした後、首を傾げた。 「クロードさんが、綺麗だから、ですが」 「っ……お前な……」  まるで当然のことのように言うシャルルに、返す言葉もなく羞恥のあまり身体を震わせる。 「ま……なんでもいいけどさ、別に何回も描く必要ないだろ」 「……手に、覚え込ませたいんです」 「は?」  シャルルはそう言うとフライパンを棚に仕舞った。斜め上の台詞に、正直なところ若干引く。 「家族や自分が何者であるかも忘れた認知症の老人が、自転車に乗れるのは、身体が覚えているからだと思うんです」  掌をじっと見つめた後、シャルルは顔を上げて俺に真剣な眼差しを向けた。 「僕が歳を取って、沢山の思い出を忘れて、名前を忘れて……クロードさんのことさえ分からなくなってしまっても……この手がクロードさんを覚えているようにしたいんです。僕の一番大事な人のことを、絶対に忘れないように」  何が彼をそこまで思わせたのだろう。ニュースやドキュメンタリー番組を観て思うところがあったのかもしれないし、ふと未来を想像して不安になったのかもしれない。  理由が何だとしても、シャルルの何十年後の未来には俺が存在しているのだということ。それは、いつか独りになるかもしれないという不安を少しだけど取り除いてくれた。 「そんなに描いたって、お前の絵じゃ誰かなんてわかんないんじゃないの?」  照れ臭くなって、そう言うとシャルルが「そうでしょうか」と首を傾げる。その反応になんだか嫌な予感がして、俺は慌てて寝室に飛び込んだ。  部屋の隅にある机の上には、昨日使っていたクロッキー帳があった。勝手に見るのもどうかと思って今まで触ったこともなかったが、それを手に取り一枚目のページを捲る。  そこに描かれていたものを見て、顔から火が出そうだった。次のページ、次のページと巡る手がわなわなと震える。 「クロードさん、どうかしましたか?」  部屋に入ってきたシャルルの気の抜けた声に、俺はクロッキー帳の恐らく昨日描いたものだろうページを開いて眼前に突き付けた。 「どうかしたかじゃねーよ! シャルル! お前、これはどういうことだッ!」  クロッキー帳に描かれていたのは、俺の裸体だった。それも、俺の顔のアップ──髪が汗で額に張り付いている様子や睫毛の一本一本まで描かれている──や俺の身体のあちこちが余す事なく描かれた全身像。そしてそれらは写真ほどに精巧に描き込まれた写実画だったのだ。 「どういうことって──」 「お前がこんな絵描けるなんて聞いてねえッ……!」  顔が熱い。自分の醜態をこんな形で目にすることになるとは思わなかった。まだハメ撮り写真の方がマシだと思うくらいだ。絵からはこれを描いた人間が、何を描きたかったのか伝わってしまうから。 「小さい頃から、物や人をそのまま描くのは得意だったんです。でも表現に行き詰まって……数年前に抽象画の表現に行き着いてからは、ずっと描いてませんでした」  シャルルはクロッキー帳を手に取ると、薄く笑んで、紙の上の俺を見詰める。 「でも、クロードさんの綺麗な姿を手に覚え込ませるには、写実画の方がいいので」  だからって、人が寝てるうちに股間から、うつ伏せに寝ていた時に描いたのだろう尻まで、しっかり描き込む必要はあるのだろうか。 「……お前……実はめちゃくちゃスケベだろ」 「そんな……! クロードさんのありのままの姿を描きたいだけで──」  着衣での絵が一つくらいあればわからなくもないが、事後ベッドに横たわっている俺の絵しかないのだ。どう考えても変態的な性癖としか言いようがないのに、あくまで「芸術家」としてのスタンスを取るシャルルに痺れを切らした。  俺はクロッキー帳を奪い取り机に放ると、シャルルの腕を引っ張りベッドの横に連れてきて、そのまま力任せに押し倒した。そして、シャルルの股間に尻を押しつけるようにして跨る。 「手に覚え込ませたいなら、こっちの方が早えだろうが」  着ていたスウェットの上衣を脱ぎ捨て、シャルルの手を取り俺の胸に触れさせる。と、尻に硬いものが当たる感触がする。 「お前、手どころか身体が覚えてんじゃねえか」 「っ……クロードさん、ごめんなさい……」  顔を赤らめて恥ずかしそうにもう片方の手で顔を隠す。シャルルはそろそろ、その行動が俺の嗜虐心を擽るだけだと気付くべきだ。 「ボケても忘れられないようにしてやるよ」  腰を少し浮かせて、硬くなった竿を指で撫であげるとびくっとシャルルの身体が反応する。そのままズボンを下ろそうとボタンに手をかけると、シャルルが慌てて俺の手を掴んで止めた。 「待ってください、ちゃんと返事を聞いてないです……!」 「は? 何の?」 「パーティーの出席と父に紹介してもいいかどうか、です」  すっかり忘れていた、というか話の流れで行くような感じになっていたと思うが。生真面目だから、ちゃんと意思を確認したいのだろう。 「……いいぜ。あの絵を誰にも見せないって約束するならな」  シャルルは答えを聞くと微笑んで、俺の顔に手を伸ばした。 「嬉しいです」  見下ろした視線の先にあるシャルルの翡翠色の瞳に吸い込まれるように、俺は身体を曲げて唇を重ねた。 「見せませんよ。誰にも」  そう言って俺の前髪を掻き上げる。 「クロードさんの美しさを知っているのは、僕だけでいいから」  シャルルの内に秘められた欲を垣間見て、背中がぞくっとした。それは悪い感覚ではなくて、誰かに強く求められることに対する愉悦というべきものだった。  俺達は見詰め合い、もう一度口付けを交わした。互いの温もりを確かめ合うように、深く湖の底に沈み込むように。  今目の前にいる存在を、身体がいつまでも覚えていられるように、と。

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