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MAGIC BOX
都内某所、この国屈指の最高級ホテル。外には今日の主役を一足先に撮りたいカメラマンと、熱狂的なファンが警備員と睨み合いをしている。
大きなホールは熱気で包まれていた。空調が追いつかない熱さにタオルで汗を拭う人もいる。
ホテル内で一番大きな部屋だというのに、記者とカメラマンはぎゅうぎゅう詰めで、チャンスを狙えとばかりに座席争いをしている。遅れてやってきた地方記者の席はなく、立ち見とスタンドカメラで通路までいっぱいになっていた。
会場は簡素なものだった。高級ホテルとあって机も椅子もいいものだが、それだけ。余計な宣伝物は一切なく机はひとつだけ。マイクと椅子はふたつ。それから少し離れたところに司会者の演台がひとつ。記者会見は夜の九時からだというのにざわざわといつまでも静かにならない。まだ九時まで十五分はあるというのに、場内は熱気であふれかえっていた。
今日ここで記者会見を開くのは、佐久間 怜と迅、双子の国民的アイドルだ。たぐいまれなる才能は多方面で発揮され、その名前は世界でも十分通用する。
俳優としても歌手としても大成功している上に、関西出身だけあってトークも上手い。バラエティにもひっぱりだこだ。
怜はモデルとしても活躍していて迅より一足先に海外へ進出した。
身長も足の長さも、顔の小ささすら海外モデルに引けを取らないプロポーション。それでいて日本人らしい涼やかな顔立ちと明るく気の利く性格は海外でもすぐに人気が出た。それでも日本での仕事も絶えず続けられる体力と精神力は並大抵の努力じゃ敵わないだろう。見た目だけじゃない、と言われる所以はそこにあった。
弟の迅はそれに焦ることなく経験を積み重ね、舞台俳優を経て脚本家、物書きとしての才能を開かせた。積極的な怜とは違い、迅はどこか一歩引いたところがあったが、才能の種類が違うだけで迅もものすごいものを持っていた。迅が脚本を書いた舞台やドラマは記録的なヒットを飛ばし、小説はベストセラーになった。
活躍する場が違っても、二人を見ない日はない。双子だというのを忘れるほど、それぞれが世界で日本中で活躍していたがいつだって二人は自分たちをユニットだと言い続けた。
もはや老若男女誰もが知っていると言っても過言ではないほど二人は有名人だった。
その二人が何故急に記者会見なんて開くことにしたのか、ここにいる誰も知らなかった。
彼らは一体何を言おうとしているのだろう。
記者クラブにファックスが送られたのは三時間前。夕方六時に双子のホームページ、ブログ、ツイッターの発表と同時だった。
そして今日は怜と迅、二十歳の誕生日である。何かあると思うのが当然だろう。
ポスターや看板がないことから、ドラマあやブランドのタイアップもなさそうだ。二人の今の立場を考えると場所は相応しのに会場が簡素過ぎる。簡素というよりも、何もないのだが。
今まで大した熱愛報道もなかったことも、想像に拍車をかけ、噂はどんどんとエスカレートしていった。ツイッターや検索ランキングでは二人の名前やユニット名が上位を占めている。
「結婚か」「まさか解散?」「本拠地を海外に?」
さまざまな憶測が飛び交う。答えは数時間後にしかわからない。ファンにとって一番マシなものが本拠地の移転だというのが、アイドルらしさを物語っている。
夕方のニュースはこのことで持ち切りだった。
街頭インタビューではまだ何の発表かもわからないのに泣き出すファンが続出し収集がつかなくなって妙なところで中継が切られた。
予定の時間の五分前。少し早いですがと、司会者が演台の前に現れた。まだ二人が出てきてもいないのに机に向かってフラッシュがたかれ続ける。
司会者の声は鳴りやまないフラッシュの音でかき消され、どうぞと促した手だけが合図だった。その瞬間さらにカメラの音が大きくなる。
揃いのスーツで二人は現れた。小物は色違いでおしゃれにまとめられていて怜は髪をワックスで撫でつけ、迅はハーフアップにしてまとめている。涼やかな顔立ちの怜と甘いマスクの迅だが、並ぶとよく似ているのがわかる。ただ口を開けば全然似ていない。人当たりがよく話し上手な怜と冷静でツッコミ役の迅。それがまたファンを増やしている要因だろう。
真っすぐ背筋を伸ばし、二人揃って頭を下げた。まだ何も言葉を発さず、真面目な顔で椅子についた。
────RRRRR……
軽快な着信音が鳴り響く。それは待ってましたとばかりの最大音量で、犯人は誰だと記者たちが周りを見回す中、それを取り出したのは双子の片割れ、佐久間怜だった。
待ってましたとばかりにポケットからそれを出し、通話を取る前にその画面を迅に向ける。その瞬間、勝利を確信したような二人の顔はどんな雑誌でも見たことのない美しい笑顔だった。
「もしもし? ん、ありがとう。すぐ終わらせる」
口元を手で覆い、小さな声で話していてもドラマの台詞のような甘い声に会場は騒然とする。いや、ドラマの台詞よりも何倍も甘い声だった。女性記者は頬を染めて口を覆っている。男はぽかんと口を開けるしかなかった。それほどまでに、その電話に出た怜は誰も見たことがないものだった。
一語一句逃さないようにマイクがたくさん仕掛けられているのに、それを気にすることなく怜は電話を取った。電話を切って「失礼しました」と記者に頭を下げたときにはもう、いつもの佐久間怜に戻っていた。
記者たちは、電話の向こうの声は拾えていなくてもせめて怜の甘い声は拾えていることを願うだけだった。
「では、九時になりましたので記者会見を始めさせていただきます」
司会者の声に腰を上げかけていた記者たちもパイプ椅子にその体を落とすしかない。目の前の二人はいつになく美しく笑っている。どんなビッグニュースが飛び出すのか。
カメラとマイクを握る手が汗で濡れる。
「この度は私たち佐久間 怜、迅の記者会見にお集まりいただきありがとうございます。突然のことでしたが、ここまでたくさんの記者に集まっていただけて……」
記者会見はなんてことない想像通りのものだった。
二十歳を記念してベストアルバムを出すこと。
それを引っ提げて世界ツアーをするということ、その間は出来る限りユニットしての仕事を優先するので楽しみにしていてほしいこと。
そしてそれが終わったらもう少し個々で活動をしていくが解散はしない、ということだった。
日本中が安堵する。
解散じゃなかった! 結婚じゃなかった! と。
だが、彼らのマネージャーは違った。そう、マネージャーだ。いつも二人のどちらに必ずついて回っていたはずのマネージャーがこの会場にはいなかったのだが、それに気づいたものはいない。
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