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MAGIC BOX

 忙しくて彼女に振られた時も、やりたくもないエキストラを頼まれた時も辞めようとは思わなかった。初めこそわがまま放題で手の付けられない子供だった二人も、仕事のコツ? みたいなものを掴めばすぐに変わった。鼻が高いよ、マネージャーとして。弟や妹のいない俺が子守りなんて務まるかって不安でいっぱいだったけど、でもそんなの吹き飛ぶくらい二人は可愛かった。勿論、今も。  だから何度考えても、二人のいない世界は考えられない。例え、世界中を敵に回すとしてもね。自宅で一人、長年腹に抱えていた思いに漸く覚悟を決める。そんな覚悟なんてなくとも、双子の方は俺を手放す気なんて更々ないのだろうけど。  初めて会った時、彼らはまだ小学校にも入っていない小さな子供だった。親のあとをひょこひょことついて回る、そこいらにいる子供と変わらない普通の子供だった。  勿論顔はその時から飛びぬけて整っていて、その場にいるだけで空気が和んだ。本当に、可愛い可愛い双子だった。  可愛い双子ってだけで芸能界で活躍するのは難しい時代だけど、この双子が光る何かを持っているのは誰の目にも明らかだった。  毎日の厳しいレッスンに耐え抜いた者だけが、華やかな世界への切符を手にすることができる。  初めは何もかも嫌がって、やる気を出させるのに苦労したっけ。でもそれも最初だけ。楽しさを知ればすぐに真面目に取り組むようになった。そのレッスンに励む様子を見て、新米マネージャーだった俺はすぐに気が付いた。光る才能が溢れ出そうと機会を狙っている。デビューが決まるのも時間の問題だと。  彼らには内緒にしているが、俺がマネージャーになったのは俺がそう申し出たからだ。そっくりなようで似ていない、可愛い双子に目を奪われた。彼らを自分の手で輝かせたいと強く思ったからだった。  俺の熱意に応えるように二人は頑張ってくれた。厳しいレッスンも朝早い収録も一言も文句を言わなかった。  大きくなることで仕事も増える。それぞれの個性を活かした仕事を選びつつ、アイドルユニットとしてもトップになれるよう必死で導いた。 「俺たち、拓海くんが好きだから拓海くんと結婚する」  両親よりも俺といる時間が長くなって、幼い二人は寂しかったのかもしれない。気が付けばこんなことを言うようになっていた。普段あまり甘えてこない迅まで、怜と一緒になって俺の手を握る。両手をそれぞれに取られ、引っ張られる。この二人の取り合われるなんて嬉しくて顔がにやけてしまう。 「ねぇいいでしょ」  なんて首をこてんと倒して言われたら……そんな可愛い二人を無下に出来るはずがなかった。俺も初めての担当で張り切っていた。二人が笑顔でいられるのなら、俺はいくらでも望む答えを返してやれた。  それは成長すれば笑い話になる……はずだった。ところがそうはいかず、年々エスカレートする一方だった。 「拓海くんは俺たちと結婚するんだから、彼女作ったらあかんよ。約束、守ってくれるよね?」  ただの打ち合わせでも女性と二人っきりになることにいい顔をしない。アイドルと話をすれば割って入ってきてはじき出される。そして昔と変わらないプロポーズと呼ぶのも怪しい甘えは、つっこみどころが多過ぎる。この業界で働いている限り、時間も休みも不規則になる。外で出会えることなんて皆無だった。  俺は二人の望むままに、毎年毎年彼女のいない年数をカウントアップしていく、残念な大人になっていた。  ここ十五年あまりの回想は時計の長い針を簡単に一周させる。あのホテルからだと、もうそろそろだろうとスマホを手に取ったところで、玄関の鍵がガチャンと開く音がした。  そのままドタバタと廊下を走る足音はふたつ。 「「拓海くん!」」  バタンと大きな音を立ててドアが開いた。  部屋に入ってきたのはさっきまでテレビの中で記者会見をしていた、人気アイドルユニットの佐久間怜と迅だった。 「おかえり。それから誕生日おめでとう。会見はちゃんと済ませたか? まかさ適当にやってきたなんてこと……」 「ちゃんとやってきた!」 「それよか、どっちと結婚するか決めてくれた?」  ぼすんと勢いよく二人がソファに座ったせいで、挟まれた俺も跳ね上がる。嬉しそうに俺を見つめる顔はあの小さかった頃とちっとも変っていない。世界中のファンが見たら卒倒するような美しさだ。 ──結婚。  本当簡単に言ってくれるんじゃないよ。  この業界で働いていれば、子供だってどんどん擦れていく。大人と同じように扱われわがままは許されない。半ば強制的に大人になっていく、それは怜と迅も同じだった。  だけど二人がずっと変わらずに続けたのが、俺へのプロポーズだ。訳を聞けば双子として扱わず、それぞれを大切に思ってくれるから……だそうだ。そんな人この世にごまんといるよと、子供の戯言だと何度も諭したが効果は薄かった。事あるごとにプロポーズは繰り返される。曲がコマーシャルに使われた、ダウンロード数一位を取った、紅白出場を決めた……。これでどうだと、何かをやり遂げる度に二人が胸を張るのが可愛くて、嬉しかった。もはや、プロポーズをする為にありとあらゆることを成し遂げたようにすら見える。 「何度も聞くがどうして俺なんだ。俺なんかのどこが……」 「はあ。拓海くんわかってる? だめって言わないところがもうあかんよ」 「俺たち拓海くんをもう離せない。逃がさへんよ」 「……待ってくれ。せめてお前らが二十歳になるまでは無理だ。俺が捕まってもいいのか?」 「あぁ……それは困る。わかった。そんなら約束しよ。  二十歳んなったら俺たちのものになるって、約束して? 俺たちのものになれへんのなら、ユニットは解散。拓海くんが手に入らへんなら続ける意味がない」  数年前に想いを馳せていると、両側からがっしりと腕を掴まれた。そんなことしなくたって逃げないよと笑っても、力は緩んだものの腕は離してもらえない。  二十歳になったのなら現実を見てもらわなければ困る。 「約束は守る。だけど結婚ってね……本当にわかってんの? 日本で同性婚が出来ないことくらいお前たちでもわかんだろ。それに重婚なんて出来る国があんのか? 重婚じゃないな、一夫多妻制か?」  俺の言葉を聞いて、拘束していた腕が自由になる。ぱちぱちと手を叩きながら二人が笑い出した。 「なんだ、そんなこと。結婚は外国でしたらいい。重婚? それが出来なんこと位、知ってるって。だから、どっちと結婚する? って聞いたやん」 「結婚は出来る国ですればいい。抜かりなく調べてある。それに、俺たちはとっくの昔に決めてたで。  結婚して正式なパートナーになるか、拓海くんの処女をもらうか。それで文句なしの平等やって」 「しょっ、しょ、しょじょおっ?!」 「そう処女。で、どっちと結婚する?」 「……お前たちは……おいっ、まっ、ちょ! ちょ、待てって」  俺の体に四本の腕が伸びる。  俺たちが座っているのはソファは俺が買ったものでも、選んだものでもない。いつの間にか運び込まれたソファは大きく真っ黒で素人目にも高級品だとはわかる立派なものだ。勿論犯人は二人。合鍵を渡していることもあって知らない間に物が増えても驚きもしなかった。  一人暮らしの部屋にはに大き過ぎると思っていたが、なるほど。そういうことか。

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