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RING OF FIRE

 レトロなすりガラスのはまったドアに、小さな看板がくっついている。その横には故障中とメモのついたインターフォン。  緊張でぎゅっと背負ったリュックのベルトを握る手に力が入る。ノックはしたもののアルミの薄いドアでは大した音も出ない。  このままじゃ遅刻になると、失礼を承知で声をかけながらドアノブを捻ると、鍵はかかっていなかった。不用心な気もするけれど、会社ならそういうものか。猫の通り道程度の少しの隙間から、もう一度声をかけ直す。緊張で少し裏返ったから、これは聞こえてないといいな。 ──あっ、んあっ……だめ、あっ、もうイっちゃ、うぅ! ────いいよ、いっぱいイきな…… ──……ぁあああっ! ────こっち! もっと寄って。 ──風呂の準備出来てます!  まさか、今日ここで撮影してるとは思わなくて驚いて思考が停止した。目の前で繰り広げられるセックスは至って普通……普通って言っていいのかな。ゲイビだけど、痛そうなことも変なおもちゃも転がってない普通のセックスだった。  だけれど、周りにはたくさんの人がいて、カメラが回っている。画面越しでは何度も見たことがあるけれど、画面の中に彼らはいない。異様な光景だ。  ビビッてなんかない、そう言えたらいいけれど情けないことにちょっと泣きそうだ。  俺だってあの人のみたいに、これから人前で抱かれるんだ。だから、こんなことで動じていてはだめだと、ぐっと奥歯を噛んで気合いを入れる。  志摩さんに抱いてもらえるまでは、なんだってしなきゃ……!  画面の中で女相手に腰を振っている人、むしろ画面越しでしか会えない人。  それが俺の初恋相手だった。  その人が抱いていたのは女の人ばかりで、俺は見ていることしか出来なかった。優しく抱かれる女の人に自分を重ねるだけ。童貞と処女は、志摩さんに近づく為に後生大事に守ってきた。できれば処女を失う時は志摩さんがいいけど、でも世の中そんなに甘くない。  甘くない、はずだった。  アダルトビデオ俳優・志摩。そんな彼に一目惚れをした。  年齢も出身地も不詳。ネットでどれだけ調べても、出てくる情報は決まっている。アダルトビデオ俳優ということだけ。出身地も好きな食べ物すらわからない。それでも気持ちはずっと変わらなかった。  そんな志摩さんだけど人気は本物で、AV俳優だというのに女性向けファッション誌で特集が組まれたほどだ。初めて解禁になる情報にファンは歓喜した。勿論俺も。雑誌は三冊買った。見る用と保存用と使う用。  その中で一番驚いたのが志摩さんがバイセクシャルだということだった。ドキドキしながら自分の部屋で雑誌を広げていたけど、夜中だってのに叫んだのを覚えてる。ネットを開けばトレンドは志摩さん一色だった。しかも差別的な意見はほとんどなく「アリだ」とか「志摩なら抱かれてもいい」とか、そんなコメントばかりだった。  ……俺なら志摩なら、なんて言わない。志摩さんにだけ抱かれたい、それだけで生きていけるのに。画面越しに文句を言いつつもしっかりとコメントをチェックし腹いせにブーイングマークを連打して画面を閉じた。  AV業界は志摩さんのカミングアウトの話題でもちきりになった。人気俳優の初のゲイビデオ出演はいつなのか、相手は誰なのか、噂はひとりでに歩き始める。雑誌の発売と同時に、志摩さんがSNSを始めたことも話題が大きくなる理由のひとつだった。志摩さん本人が、ゲイビへの出演依頼が来ていて、尚且つ前向きに検討中と書いたものだからファンは大騒ぎだ。ちなみに俺は叫んだあと嬉しすぎて気絶した。  ファンのコメントに返信することはないけれど、丁寧な言葉遣いで発信される彼の日常は相変わらず謎に満ちていたけれど、俺の長年積み重ね拗らせた思いはちっとも減ることなく溢れ続けた。  そして正式に志摩さんのゲイビへの出演が決まった。  しかも、相手は素人限定、それも志摩さん本人が面接をするとあればもう行動するしかなかった。  その記事を読んですぐに事務所に電話を掛けた。勿論オーディションを受けるためだ。俺は身も心もすっかり彼に奪われていた。  そして今日。今日がその面接だ。男でゲイで素人、顔出し可。俺でも気兼ねなく応募できる募集要項に全力でガッツポーズをする。きっと希望者は山のようにいるだろう。もし選ばれなくても志摩さんには会えるんだから、思う存分目に焼き付ければいい。

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