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RING OF FIRE

 そして当日を迎える。緊張で気を抜いたら口から心臓が出てしまいそうだったのもつかの間、この場所で本当に撮影してるんだと思ったら頭が真っ白になって心臓どころか魂が抜け出そうだった。  俺に気付いたスタッフが、慌ただしくてすいませんと、ぺこぺこと頭を下げながら事務所の中へと案内してくれた。あまりにも忙しそうでこっちが申し訳なくなる。歩きながら簡単に説明を受ける。ぱっと見ただけじゃAV会社とは思えないほど普通で、そこらの会社と似たような作りだった。 「志摩を抱えてる事務所がこんな小さくて驚いたでしょ」  スタッフは苦笑いしながらフロアを案内していく。志摩さんのお陰で女性にも売れるようになって、これでも大きくなってあれこれマシになった方らしい。志摩さんのお陰でブラック企業ではなくなった、まあホワイトでもないんだけどと笑いながらスタッフは慣れた足取りで案内を続ける。  ここまで儲かっていて下っ端の人間にもそれなりの給料を渡せるようになったのは間違いなく志摩さんのお陰です。社長ですら志摩さんに頭が上がらないんですよ、と頭を掻く顔はどこか誇らしげで、ファンの俺まで嬉しくなった。  フロアには事務所の他に、それぞれ雰囲気が違う風呂付のスタジオがみっつ、奥には編集室があるらしい。撮影中のスタジオ含め、一通り案内されて応接室へと案内された。 「座って待ってて、上の人呼んでくるから」 「あ、はい……」  慌ただしくスタッフさんが出て行って応接室には俺一人になった。ぐるりと部屋を見渡すと、さすがAV事務所といった感じに、志摩さんの大きなポスターがいくつか貼ってあった。俺は写真を撮りたい気持ちを堪えるのに必死だった。ガラスのローテーブルの下には、俺の家にもある志摩さんが表紙を飾る雑誌が並んでいた。  バランスの取れた筋肉、パーマだろうかくるりとカールした短い髪。太めの眉とニヒルに笑う口元。  俺が持っていないレアな物もあって、出されたお茶に目もくれず思わず手に取った。表紙をめくり、どんどんと雑誌の世界に入っていく。少しお待ちくださいと言われたのをいいことに、真剣に見入っているとテレビ越しに聞いた低く色気のある声が耳をくすぐった。 「俺のファンって本当?」 「────っ!」  甘い声がする方へ首をぐるりとまわせば、俺の顔のすぐ隣に手に持った雑誌と同じ顔があった。  ソファの背もたれ越しに、にっこりと笑うのは志摩さん本人だった。  社長やカメラマンが来ると思っていた。声にならない小さな悲鳴を上げた口は閉じるのを忘れ開けっ放しになる。  頭は混乱してるのに、憧れの人をじろじろと見つめるのは止められない。とんだサプライズにさっきは我慢できた心臓が口から出そうになって思わず慌てて口元を抑えた。 「森下はじめくんでしょ? 初めまして、志摩です」 「も、ももももりしたはじめですっ」  慌てて立ち上がり頭を下げる。声も見た目も画面で見るのと少しも変わらなかった。変わったといえば、甘くていい匂いがするところだけ。それなのにそれすら想像通り過ぎて死にそうだ。 「一応履歴書送ってもらったじゃない、あれでかなりふるい落としたんだ。面接まで来たのははじめくんが最初の一人だよ」 「う、ええぇっ!? あ、あ、ありがとうございます、そうなんですか。うれしいい、光栄です」 「でもって多分最後の一人」  ぱちんと音がするようなウィンクで俺の心臓は止まった。ふにゃふにゃとソファにへたりこんで志摩さんが心配して慌てたところに、漸くスタッフが到着して面接が始まった。 ──面接って向かい合ってするんじゃないの?  ガラスのローテーブルを挟んで向かいにも人はいる。監督さんと事務所のお偉いさん……でもなぜか志摩さんは俺の隣、同じソファに座って俺の顔をじいっと見つめている。  穴が開きそうだ。いや、穴が開く前に面接はすぐに終わった。  驚くほど一瞬で終わったけれど監督も事務所の人も笑ってるだけだった。しかも全く不満はなさそうで、志摩さんが俺に質問するのを嬉しそうに見守ってる感すらあった。  もともとギャラなんかの金銭的なものは募集要項にしっかり書かれていたし、俺は志摩さんに抱いてもらえるならなんのNGもない。  世間が話題にしてる今ビッグチャンスを逃せないからと、出来るだけ早く撮影をしたいと言ったのは事務所の人と監督ではなく志摩さんだった。突然のことで驚きはしたが俺だって志摩さんに抱いてもらうビッグチャンスを逃したくない。今の撮影がひと段落するだろう午後から撮影をすることで話はまとまって短い面接は終わった。  撮影までの数時間、志摩さんはずっと俺と一緒にいてくれた。緊張をほぐそうといろんな話題を振ってくれることが、少しでも志摩さんが俺に興味があるみたいで嬉しかった。 「今日はよろしくね。そうそう、君を相手に選んだのは他の誰でもない、俺だよ」 「えっ、あ……そうなんですか、ぇえ?! そうなんですか? あ、ありがとうございます! あっあとよろしくお願いします」  ぎこちない動きとはちゃめちゃな日本語を並べてなんとか頭を下げる。顔を上げたと同時に頬が手のひらに包まれる。ぼぼぼっと、一気に顔が熱くなる。こんな近距離で見つめられるなんて、恥ずかしくて堪らない。覚悟を決めてきたはずのに、いざ好きな人を目の前にしたら何でもするなんて覚悟は粉々に砕け散ってしまった。 「おっきくて、きれいな目だね」  今時ドラマでも聞かないようなクサイ台詞も、志摩さんが言うと極上の口説き文句に聞こえる。午後からはもっとすごいことをするっていうのに、俺の頭は頬に触れられただけでとろとろに蕩けて志摩さんしか見えなくなった。  

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