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JUGGLING

 久しぶりに残業もなく家に帰れると思ったらこれだ。  帰宅ラッシュで電車はぎゅうぎゅう、ホームにも人があふれている。金曜なこともあって、浮かれた気分の学生やサラリーマンが大きな声で夜の予定を話し合っている。 ……ほんっとうるさい。もうちょっと小声で話せないの?  酔っ払いや学生ノリは嫌いだ。さっさと帰ろう……乗りたくもないすし詰めの電車に乗るのは、家に帰れば愛しい恋人が待っているから。そうでなければ数本見送るくらいには僕は満員電車が嫌いだ。  ホームにアナウンスが流れ、我先に乗り込もうとする人たちで列が乱れる。ほら、こういうところ。これも嫌いだ。電車のドアが開いた途端、どっと人が吐き出される。吐き出された人と同じだけ乗り込む中に、僕も体をねじ込んだ。  気を抜いたら鞄だけ引っ張られてなくしてしまいそうで、両手で抱え込む。各駅だったから七駅か。背が高いおかげで呼吸はしやすいものの、脂ぎったおじさんの脳天がよく見えるのは不快でしかない。  きょろきょろと視線を泳がせて釣り広告で気を紛らわせていると、毎日抱きしめている愛しい丸い頭を見つけた。  大悟さん!  同じ電車だったんだ。満員電車マックスになっていた不快指数が少しだけ下がる。  もうすぐひとつ目の駅に着く。周りがごそごそし始めたことに便乗して少しずつ体を動かして場所を移動する。  恋人は僕に背中を向けているから当然気づいていない。  電車が駅に着くのと同時に、大悟さんのすぐ後ろまでたどり着けた。あとはどうやって驚かせよう。  喉の奥でくくっと笑いつつ試案していると、恋人の肩がふるふるっと震えた。どうしたのかと少しだけ体を捩って顔を覗き込むと、眉を顰めて何かに耐えているような表情をしていた。 ────痴漢だ!  僕の直感は大体当たる。男への痴漢だって発覚する数が少ないだけで、横行していることは知っている。それに、痴漢というのは声を上げたり助けを求めなさそうな人を狙うらしい。大悟さんはそれにぴったり当てはまる。きっと人のためなら真っ先に声を上げるだろうけど、自分だったら黙ってやり過ごそうとするだろう。  まっすぐ男らしい彼が、痴漢されました! なんて大声を出せるはずがない。彼のプライドが許さない。きっと。  恋人としてはもっと警戒してほしいところだ。こんな、痴漢野郎に触られていい体じゃない。あなたの体は僕のものですって常々言い聞かせているはずなのに、それを勝手に触らせるなんて。  ……お仕置きが必要ですね。しっかりしているのにどこか抜けていて、まん丸の目と小さな口は甘え下手。知れば知るほど惹かれていく。  痴漢と大悟さんの体に強引に鞄をねじ込む。気づかれたと観念したのか、想像よりずっと若いサラリーマンが青い顔をして混み合う車内を逃げて行った。本当は捕まえて警察に突き出してやりたいところだけど、今はそれより恋人の方が優先だった。

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