40 / 40
第40話 僕の隣
君と離れ離れになるなんて、耐えられるのだろうか。
愛しい君のぬくもりを手放してしまって、一人眠りにつくことなんてできるのだろうか。
いや、できない。
そんなのはできそうにない。
君と永久に共に――そう切に願ってしまう僕の隣には。
僕の、隣には。
「……」
「……」
君がいる――なんちゃって、ちょっとロマンチックすぎるよね。
「あ? 何? また公太と桂ってお隣さん?」
ただの席替えで。
「げ、佐藤」
「あ、佐藤」
「ちーす、宜しく」
新学期が始まった。新学期初日メインイベント、それは席替え。願いは人それぞれ。後ろの席になりますように。苦手はあいつと隣になりませんように。好きな子の近く、できたら前後左右どこかでお願いします、とか。
そして、俺の願いは、さすがにそんなの無理だろうけれど、できたら、ホントできましたら、また彼氏の隣になりたいなぁとか。
「つか、なんで、げ、なんだよ。公太ぁ」
「っていうか、なんで、柚貴の前が佐藤なんだよ」
「あ、そだ。俺も柚貴って呼ぼうかな」
「ダメっ!」
め、めちゃくちゃ公太が遊ばれてる。ねぇ、きっとその「ダメ」が聞きたいがための出汁にされてるんだけど、俺ってば。
ん?
あれ?
佐藤、なんでそんな公太のことかまうんだろう。
公太の片想い、誰かは知らないみたいだけど、誰かにしてるのは知ってた。そのくらい公太のことを理解してて、把握してた。慌てふためく姿みたさにからかうのなんて、あれじゃん、好きな子に蛙見せてニシシシ笑う男子じゃん。
「ぜ、是非! 宜しく! 佐藤!」
「ちょっ、なんなんの! 柚貴! なんで、そんな佐藤寄り?」
本来は苦手なタイプ。海とか行って、ビキニの際どいセクシー女子と一緒にいそうなこんがり男子はとても苦手な部類なんだけど。
でもでも、背に腹は代えられないから。公太は俺の彼氏なんだから。公太のことは誰にも譲りませんから。たとえ相手がこんがり男子でも。
「なぁ、桂ぁ、この前のさぁ、ゲームのアイテム、どこで取ったんだ? あれ、ねぇんだけど」
そこに空気を読まず、金子が始業式には似つかわしくないクマを目元にしっかり刻んだ寝不足顔で現れた。
「ぁ、ぁ、あれは、谷んとこに落ちてたけど?」
「谷ぃ? 谷なんかあったっけ?」
ゲーム談義に割り込んできたのは、まさかの佐藤だった。俺も金子も、びっくりした顔で見合ってしまった。佐藤って、ゲームすんの? え? 俺らがやってるのけっこう、マイナーなやつだけど? でもでも、海外ユーザーも多くてけっこう知る人は知る系の。
「あ、それ、俺もやってる。谷ってあれだろ? 月の花んとこにある隠れ階段からさ」
知、知ってたああああ! しかも金子ですら見落した隠れ階段見つけてたあああああ!
「待ってみ。今、出すから」
しかも、そろそろ授業始まるのに、普通にゲーム出すしぃ!
「うわ、すご! ここか! これは見落としてた」
「だろ? 俺も偶然」
「ほおおおお」
「そんでー、ここの扉をさー」
なんか、不思議だ。
「おおおおおお!」
佐藤はこういう人、金子はこんな感じ、公太はこうで、俺はこんなで……みたいに俺が勝手に振り分けてた分類シート。
あんま、ないのかもね。
「な? ここ、マジでレアだから」
「うんうん」
金子と佐藤が盛り上がってるのを眺めてたら、その二人の隙間で目が合った。ゲーム談義を聞きながら、向こう側でこっちを見て微笑む彼氏と視線を交わして、俺も微笑んで。
「よーし、そしたら、次はプリント配布するぞー」
そして、やって来た担任の声にそれぞれが着席をして、俺はお隣にまたいる彼氏を意識しながら、ちょっと火照りかけた耳を触った。
チラリと見ると、お隣も同じように耳を触ってた。
「おー、良い感じ。ユウタ君」
「やたー!」
「あとちょっとでできるようになるよ。腕、身体にくっつけるの忘れないように」
「うん!」
逆上がり。運動会の前にできるようになりたいんだって。年長さんのユウタ君は運動会で鉄棒を披露したいらしい。
「じゃ、ちょっと休憩しようか」
「はーい! 柚コーチ」
「柚コーチ!」
ユウタ君、ショウタ君、マナちゃん、リナちゃん、それぞれにコーチって呼ばれて、ちょっとだけくすぐったい。
「ありがと、あいつらに教えてくれて。これ、お茶」
「あ、ありがと」
「逆上がりを教える名人になったりして」
「……うん」
俺と公太は鉄棒の手前、花壇になってるレンガのところにちょこんと腰を下ろして、ちょっと休憩。あのちびっこ四人は休憩にもかかわらず休むことなく追いかけっこを始めてた。
「俺さ、体育の先生目指そうかなって。公太にさ、教えるの、楽しかったんだ」
今も、ユウタ君たちに教えるの楽しいし。コーチっていうかさ、教えるの、なんか好きっぽいんだ。
お母さんに話したら「ふーん」だって。あまりに肩透かしな返事にさ、なんかもっとこうリアクションないの? って訊いちゃったくらい。でも、返ってきたのはさ。
――どんな将来だろうと応援するから、なんでもいいのよ。先生ならとりあえず四大ね。りょーかい。
だってさ。
でも、そうだった。皆が体操辞めていくのを見送ってさ。ちょっと寂しくて、零したことがある。
皆辞めちゃってつまらないって。その時に返ってきた言葉は。
――体操辞める?
それだけだった。俺は「辞めない」って答えて。またいつもどおり、週二回体操に通っていた。
「うん。そっか」
ちょっと、公太の答えがあっさり、してるの、が。
「できる、かな。俺に」
「できるよ」
あんま、興味、なかったかな。なんか、俺は勝手にすごい喜んでくれるもんだと思ってた。すごいじゃん! 公太ならできるよ! 絶対にできる! 応援する! くらいの大声援をもらえるかなって。
「そっかー。そしたら、学校、近いとこか、もしくは同じ大学に希望学科ないかなー。俺、英語とかの国際系狙ってんだ」
「……え?」
「体育の先生か。そういう時は体育大?」
「……ぇ、あ、あの」
「志望大学決ったら教えて? 俺も追っかけるから。いいなぁ、夢膨らむなぁ。体育教師の柚貴と英語教師の俺の内緒の職場恋愛」
大声援をもらえるかもって期待してたんだけど。
「ずっと好きって言ったじゃん」
「……」
立ち上がって背伸びをして、まだ座っている俺に手を差し伸べる。太陽はちょうどてっぺん。眩しくて、輝いてて。さすが日向男子だ。
差し伸べられた手に掴まると、すごいんだ。すごい力で立ち上がらせてくれる。
「柚貴」
「う……ん」
隣に君がいるのなら、きっと、できないことなんてない。
そう思えるくらい力強くて温かい。
「このあと、あのちびっ子四人は同級生のおうちのガレージで花火大会に混ぜてもらうそうです」
「あ、そうなんだ」
「なんで、俺らは即帰宅」
「へ?」
「そんで、即イチャイチャしないと」
「は?」
「もう五日くらい我慢してるから!」
だって、その五日って学校あったじゃん。平日だし、学校終わって帰宅した頃から一時間もしないうちに親帰ってくるし。その中じゃできないじゃんか。我慢っていうか、無理だから。
「っぷ、公太、うける」
「ウケないよ! 攻めだよ!」
「ねぇねぇ、二人でなんの話ぃ?」
「わあああ、マナちゃん、ほ、ほら、皆で追いかけっこ」
えー? のブーイングじゃなくて。っていうか攻めとかウケとかネットで調べたの? またそんなの調べて。こっちは色々進路決めて、頑張ってるのに、全く。
「じゃあ、ちゃんと、攻めてよ? 俺のこと」
「! ぶほっ、げほっ」
むせちゃった。
「だ、大丈夫? 公太」
「だ、大丈夫じゃない。こっちはっ」
「うん」
高校デビューなんでしょ? だから、不慣れなので煽らないでください、でしょ?
「うん。俺もね」
あのね。
「公太のこと、ずっと大好きだよ」
そう伝えてこっそりとキスをした。時間にしておよそ零点五秒。だって、君が好きなんだ。
「さ! もう少し逆上がり練習しますか!」
大好きな君がお隣にいるから、学校で五日間けっこうドキドキなんだよ。ずっと隣の彼氏を意識しまくりの、そんな五日間が終わった週末はキスの一つや二つ、イチャイチャの三つや四つ、そりゃ。
「じゃあ、お手本を公太にいちゃんに!」
「え? は?」
ずっと君が隣にいるんだ。そりゃ、したいに決ってるでしょ? ね?
「ガンバレー! 公太―」
久しぶりの逆上がりは……かなり軸がズレていたので。
「ダメ! もう一回」
途中から、公太も生徒となって再度逆上がりレクチャーを受講する羽目になっていた。
ともだちにシェアしよう!