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第39話 マイペース
好きになる子はずっと男の子だった。最初に好きになったのはアイドルグループ。皆がヒラヒラキラキラ、可愛い衣装に身を包んだ女子アイドルを可愛いって言ってる隣で女子たちが話題にしていた男子アイドルのほうに耳を傾けてた。
初恋は同じクラスで足が一番速かった男子。
よく話しかけてくれてすごく嬉しかったっけ。けど、その男子のお目当ては、俺の席の前に座ってた女の子だった。
その女の子の席を陣取るために、俺に話しかけてきてただけって気がついて、とても悲しかった。
次に好きになったのも男の子。
でも、やっぱりその男の子も女の子を好きになった。
あれ? 俺、ちょっと違ってる? そう思ったのは小学校の、何年生なんだろう。三年生か四年生のどっちか。
そこからは言わないように気をつけた。意地悪をされないように。
そして、中学の時、友だちと付き合った。
だって嬉しかったんだ。同じ人がいたことが。だから、失いたくなくて、恋愛感情なんて少しもないのに頷いてしまったんだ。
友だちとキスはしないのに。
ホント、バカだった。
お祭り、なんで保育園児が夕方の演舞発表なんだろうって、謎だったけれど。なるほど。この時間帯のほうが涼しいからか。
湿気が和らいで、熱が少し取れた風が穏やかに、でも、日中溜まりに溜まった熱気混じりの空気を掻き混ぜてどこかに飛ばしてくれる。
「柚貴、大丈夫?」
そんな夕方の道をゆっくり、夜色をした空のほうにゆっくり、二人で手を繋いで歩いてた。
「んー、ちょっと、足がガクガクする感じ、かな」
「ごっごめっ」
盛り上がってしまった。たくさんいっぱいエッチをしてしまった。
だってさ、公太のずっとしてた片想いの相手が俺だったなんて、ちょっと、照れくさくて、嬉しくて、盛り上がるでしょ。
「やっぱ、戻ろ」
「んーん、行こ、行きたい」
引き戻そうとする公太の手をぎゅっと握った。
大丈夫だし、もしもヘロヘロになっちゃったら公太がおんぶしてくれると思うんで、なんて冗談で言ったら、本当にその気になって、まかせて! なんて言って背中を見せてくれる。
「え、いいよ。もし、フラついたらで」
「いや、フラついたら、じゃ遅いから」
「大丈夫。けど……」
「?」
手は繋いだままでいたいかな、なんて。男同士で、やっぱ、この辺ご近所だもんね。そういうのはちょっと。
「めっちゃ大歓迎。もしも嬉しすぎて汗ばんできたら、ごめん」
もう今日はずっとそんなくすぐったい感じが続いてる。
「公太……」
「え? まだ、そんなには汗ばんでは」
「ありがと」
ぽつりとそう呟いたら、公太が不思議そうに首を傾げた。
「俺、気にしてたんだ」
「……」
「皆と違うことを」
男子たちがする好きな女の子の会話に混ざれない自分がいた。最初はきっと好きなアイドルの話とか。誰々ちゃん可愛いよな。ぁ、この前、漫画の表紙にいた。そんな会話からどんどん話題の対象が身近な女の子へと変わっていけばいくほど、反比例するように俺はそういう会話に入らなくなった。それでも無邪気に言われるんだ。「なぁ、柚貴って好きな子いないの?」って。それに答えるのが億劫になって、もっともっと話題から遠いとこへ引っ込むようになった。
「誰かに知られたらって思うと怖くて、大人しくしてた」
「……」
「そのうちさ、好きになるのが男子っていうだけのことなのに、なんかさ、普通じゃないような気がしてきて」
少しだけ向こうのほうからお祭りらしき音が聞こえてきた。賑やかで楽しそうな、そんな音。
「普通をすごく意識してた」
「……」
「普通にしなくちゃって」
皆と同じように。
皆と同じようになれないから、できるだけ同じように。
「だから、ありがと」
「……」
できないことがあったっていいじゃん。人それぞれだよ。そう言われた気がした。普通ってなんだよ、って笑い飛ばして、自分のペースで歩いていけそうな気がした。皆は皆、俺は俺の気持ちで、身体で、心で、前に進めればいいんじゃないかって。
「あ、お祭りの音聞こえてきた」
「……」
「行こう」
自分なんかって思うの、やめよう。公太が好きでいてくれる自分のことを信じよう。そう思ったんだ。
公太が、好きでいてくれる間くらいは。自信持って背筋伸ばして進んでいこう。
「大好きだよ」
「!」
「ずっと、柚貴のこと」
もしかして、公太って日向男子すぎて、そのうち後光でも差してくるんじゃない? なんで? 俺が今思ったこと、考えたことに、答えたように告白すんの?
「やっぱ、おんぶする?」
「だ、大丈夫!」
これは足がふらつくんじゃなくて、ただ、クラクラするくらい、また、公太のことを好きになっちゃっただけだから。
「ほら、もう少しで到着」
ちょっと遅くなっちゃった。イチャイチャしすぎて散歩の速度は亀と同じくらい。ゆっくり、じっくり。さっきの倍くらい時間かかっちゃったから。でもちょうどこれから始まるみたい。
ユウタ君が現れた俺たちに手を振って、そして鍵盤ハーモニカを手に持って背筋を伸ばした。
せーの、そんな先生の掛け声と同時、空高く、ユウタ君たちの奏でる音色が広がっていった。
「次―! 桂柚貴」
「はいっ」
体操の大会は八月の終わり、ぎりっぎりで参加表明をしたら、受付にちょうど古い付き合いにいつの間にかなっちゃったおじいちゃんがいた。
――なぁに? やっぱ出場するんか?
――うん。
――そっかぁ。がんばれー。大ベテラン。
うん。頑張るよ。
お母さんに話したら、参加費を入れた茶封筒を手渡してくれた。いくらかなんて見なくたって大丈夫。もう毎年毎年参加しているから、金額だって覚えてしまうんだって。
なんで急に参加することにしたの、とか、受験どうすんの、とか、一つも聞かれなかったな。
ピッ!
ホイッスルの音一つ。それが競技開始の合図。そしてその合図を聞いて、足を一歩踏み出す。最初は対角線上へ向けて、側転からのバク転。
着地もばっちり。床についた手の感触も良い感じ。
次は宙返り捻り。最近覚えたんだ。めっちゃ難しいけど、でも、軸捉えるのちょっとできた。
ピピーッ!
二回連続ホイッスルで競技終了。
「はぁ、はぁっ」
どうかな。けっこう上出来だったけど。
「!」
とりあえず、良い感じ、かな。渋川コーチ笑ってるし。
「ガンバレー」
俺の応援団とその応援団長がすごく笑顔でこっちに手を振ってくれるから。
ピースサインをしておいた。優勝なんてできないだろうけど。でもいい。俺は今課題にしてる宙返り捻り、結構できたほうって。
「イエーイ」
気に入ってる。
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