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第4話

「どうせオレは音痴だよっ! それよりフェアリー呼び出してくれて助かったよ、えーと……あ、オレはユーグだけど、あんたは? 竜にも名前なんてあるのか?」 「使役獣はマスターが名前を付けるものなんじゃないのか。少なくともフェイアのはそうなんだろう」  さっきまでいつもの皮肉っぽいようないやーな感じで笑っていたくせに、オレが名前を聞いた途端に憮然としたような、機嫌が悪くなったような顔になった。一体オレの質問のどこに機嫌が悪くなるような要因があったのか教えてほしいくらいだ。そもそも、竜に名前をつけるなんてそんなことしていいのかも分からない。不機嫌そうにさらに琥珀の瞳を細めているのを見てオレは慌てた。 「~~~~ディジリアーズ! ディズなんてどうだ、神様と同じ名前だぞ」 「まあ、いいだろう」  ……なんだろう。こいつの、ディズの言うことを素直に信じるのならオレはこの傲慢そうな竜の、仮のご主人様のはずだ。なのに完全にこいつは上から目線。 「ん……?」  そんなやりとりをしていたらクスクスとした笑い声が起こって、緑色の光がふんわりと近づいてきたかと思うと一際大きな、しかしやっぱり柔らかなままの光が目の前で広がる――と、今までオレを苦しませていた全身の、特に腰のあたりの痛みが一気に引いていった。 「……めずらしいな、フェアリーが人に力を使うとは」 「え、今のってそうだったのか? ありがとな、フェアリーちゃん。そうしたらそろそろ出かけてくるか。オレに付いてきてくれる?」  また不思議そうにしている可愛らしい顔をしたフェアリーに声をかけたつもりなのにまったく視界の外においておいたはずのディズが立ち上がる気配を見せてオレは眉間にしわを寄せながら制するように手をヤツへとのばした。ついでに出番とばかりに立ち上がったグリフィスにも厳しい視線を向ける。 「今からオレが行くのは術士の学校なんだぞ、ディズやグリフィスが付いてきたらまずいに決まっているだろう!」 「人の姿をしていても襲いかかってくるほど野蛮なのか、人というのは」 「……そういうことじゃなくって! 万が一あんたの正体がばれたらみんながパニック起こすだろ。そんなことになったら暁の鳥なんて探している場合じゃなくなると思うけど」  とにかく一刻も早く友人のところに駆けつけたい気持ちのオレは寝台から降りて出かける準備を始める。着替えているとヤツ――ディズが立ち上がったままふらりと窓辺に移動して腕を組みながらオレを見ているのと相対する格好となった。 「フェイアの犬を呼び出せる召喚士殿がそんな貧相な格好なのか? 人の社会というのは面白いな」 「フェイアの……ってもしかしてグリフィスのこと? あのね、何でオレの召喚であんたが出てきたのか未だによく分からないんだけど、オレはそもそもこのフェアリーちゃんすら召喚するのが難しいクラスなわけ。グリフィスやあんたが出てきてくれたのは奇跡みたいなもんなんだよ、オレにとって。グリフィスと自分の食い扶持稼ぐくらいはできているし、不満とかもないよ」 「そのクラスとやらは誰が決めているんだ?」  ディズは魔物――それも竜のくせに、思ったよりも感情があるようで今度は難しいことを考えるように、くっと軽く眉根を寄せている。外見からみれば20代後半だろうか。美丈夫はどんな表情をしても女にもてそうだ、という自分でも情けない感想を持ちながらオレは会話を打ち切るように奇声をあげた。 「あーとにかく! メリルのところから帰ってきたらこの街にある"暁の鳥"の情報くらいは一緒に探してやるから、二人ともいい子で留守番していろよ! フェアリーちゃんだけ付いてきて」   傍目からみればオオカミそのものの立派な体躯をした犬と、成人をとっくに越した屈強そうな男だが、魔物というのは人の世界で育っていないだけあってささいなことが契機となって大騒ぎになることも多々ある。びしりと指をつきつけてから肩下げの鞄を引っ掴むと間借りしている部屋の扉を勢いよく開いたのだった。 ***  それは、短い『歌』だった。 己の耳にも届いたほどに透き通った声に乗せられる不思議な音律。ゆっくりと魔界と人界とを分け隔つように聳える壁に現れた門は、それを打ち立てた持ち主の感性を表すかのように質素で、しかし思わず触れてしまいたくなるような材質で造られているかのようだった。  決して強い力で造られたものではない。こちらから力を加えれば簡単に壊れてしまいそうな、そんな門だった。同胞たちが遠巻きに見ているのを感じながら己を誘うような歌に耳を澄ませる。  同じ歌声に誘われて門を潜ったのは過去に一度。 『これが過去の逸話に刻まれし"暁の鳥"へと通じれば良いのだが……』  憂う声はすでに年老いている。  それに頷くこともなく、硬質な漆黒の鱗に覆われた竜体がそっと扉へと近づいていく。  そうして世界を飛び越えて現れた己の前にいたのは、彼の世界にも滅多に現れない紅玉色の目を驚きで丸くした小さな少年なのだった。

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