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第3話

 遠くで誰かが話している声がする。  でも全身が笑えるくらい辛くて目を覚ますのが億劫になる。覚醒しようかどうか迷っているうちに誰かが近づいてくる気配がした。 「おい、下手な狸寝入りしていないでとっとと起きろ」 「……起きあがれないんだよ、馬鹿野郎! 人間相手に一晩盛るとかどんだけ変態なんだよ、竜ってそんなに欲求不満なのか」  さぞや意地悪そうな笑みを浮かべてオレのことを見ているんだろうと思いながらしぶしぶと目を開く。昨日さっさとオレを裏切ったグリフィスと共に、あの男――いや、人の皮をかぶった漆黒の竜が腕を組んでオレを見下ろしていた。 「初めての性行為に快楽を覚えていたお前の方が余程欲求に飢えているように思えたが」 「うるさい変態竜! 何かをうっかり間違えてあんたが出てこなかったらメリルのヤツに誰か可愛いコを連れて帰れたかもしれないのにさー……それよりいい加減イスに座ったらどうだよ。見下ろされるのは好きじゃない」  相手が竜らしいと頭ではもう分かっているのだが感情が追いつかない。もう現実にこうしてヤツが存在してしまっている以上、満足して帰ってもらうまでもうどうしようもないんだろう。人間の男相手に盛るようなヤツなんてどうせ竜の中でも最低な部類なんだろうと決めつけてやった。睨めつけていると、無言で近くにあったイスを引き寄せてこれまたえらそーに座る。 「メリル?」  それから口を開いたと思ったら、主語もなにもごっそりぬけ落ちた言葉だった。 「オレの学校時代の友達だよ。同じ召喚術の勉強したんだけど……魔界から来たあんたが知ってるかどうか分からないけど、召喚士になるには自分の使役獣がいなきゃどうにもならない。オレだって召喚士でもへなちょこだけどさ、友達に土下座されて頼られたらどうにか力になるしかないし……。フェアリーたちとかなら仲間がいるところには出てきてくれやすいって聞いたことがあって、だから」 「フェアリー……ああ、妖精どものことか。私たちの呼音を聞いただけで震え上がる連中だ」  また笑いたそうにしているそいつを睨んでいると、ふと真剣な顔になって急に片手を胸のあたりに当てた――と、柔らかな光が部屋の中に満ちあふれて次に目を開いた時には緑色の光を放つ愛らしいフェアリーがきょとんとしたような表情で現れていた。 「えぇ! この子、フェアリーだよな?! なんで、どうして!!」 「主が困っているのなら助けてやるのが使役獣なのだろうが。呼ぶのに話しが必要じゃなければ大抵呼び出せる」 「……詠唱とか何もいらないのか? あんたが召喚士になったら高位召喚士にも簡単になれるね。オレ、目の前でフェアリーに会えたの初めてだ」  言葉は通じないのだろうけど、こっちの都合で呼び出してしまったのには違いない緑のフェアリーに挨拶するように呼びかけると少し不思議そうな顔をしてからにこりと笑い返してくれる。 「本当にそうなら"暁の鳥"をとっくに呼び出しているんだがな……どうやら魂自体をどこかに隠されてしまっていて、私では探し当てることができないらしい」 「へぇー魂なんて本当にあるもんなんだ? どんな詠唱なら出てきてくれるのかな、もう声なんか聞こえないのか?」 「お前の歌は独特でよく通るから届くかもしれん。だから、選んだ」  なんかまた一つ馬鹿にされたような気がしたがオレは睨むのをいい加減止めた。これ以上は不毛な争いのような気がするからだ。それに本当はどう思っているのかまったく分からないけど、これから森の中にまた行ってフェアリーを呼び出して、ということをしなくて済んだのには素直に感謝したかった。……元はといえばこいつがオレの前に忽然と現れたりなんかしたのが原因なんだけど。

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