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「…武宮さん、居るかな?」
ストーカーのようなことをしながら武宮さんの情報を集めていたお蔭で住所は分かっていた。何度も何度もこっそりと此処に来たこともあるし。間違いはないけれども、今武宮さんが家に居てくれるかどうかは定かではない。
確かめるには、勇気を出してインターホンを押さなければいけないのだ。
「………」
緊張のあまりゴクリと喉が鳴った。
俺はアパートの一室の前で人差し指を突き出したまま固まる。
「ふぅー」
まずは深呼吸をしよう。
大きく息を吸って、吐く。それを数回繰り返す。そうすると幾分か気持ちが落ち着いた。
俺は…よし、押すぞ!と決意して、インターホンに指を近づけた。
「ひ、ぁっ!?」
……しかし押す前に、ポンッと肩を叩かれて俺は素っ頓狂な声を出しながら、驚きのあまり腰を抜かしたのだった。
「ち、違うんです!お、俺怪しい奴じゃないです。だから、警察だけは…、勘弁してください」
パニックになった結果、俺は蹲りながら警察には言わないでくださいと、俺の肩を叩いた人に懇願した。そりゃ、ストーカーのようなことはしていたけれど、武宮さんの家に此処まで近づいたのは今日が初めてなんだ。まだ何も変なことはしていないから、許して。と心の中で謝罪を繰り返していたら、背後からは聞き覚えのある低くて心地よい声が聞こえてきた。
「…大丈夫か?」
「…あ、」
声の主は武宮さんだった。
恐る恐る後ろを振り返って上を見上げてみたら、困惑している様子の武宮さんが居た。
「た、けみやさん」
「………」
「あ、えっと、その、…俺」
ああ、くそ。
何て言えばいいのだろうか。
武宮さんに会いたいと思っていただけで、何を言えばいいのかを全然考えていなかった。
しどろもどろにながら、「あ、う」と母音だけで喋っていれば、武宮さんが俺の手を引っ張り立たせてくれた。
「…来い」
「……え?」
そして鍵を取り出して扉を開けた武宮さんに引っ張られるまま、俺は愛しの武宮さんの家に上がったのだった。
「あ、あの」
「………」
武宮さんはリビングらしき部屋に辿り着くと、俺の腕を離してくれた。…離されてなくなっていく武宮さんの温もりが徐々に分からなくなって妙に寂しくなる。
「…座ってろ」
「は、…い」
そして俺は無表情の武宮さんが少し怖く感じて、素直に従った。床の上に正座する。座った俺を一度見ると、武宮さんは何処か奥の部屋に入って行ってしまった。
「………」
折角大好きな武宮さんの部屋に上がれたというのに、あんまり嬉しさはない。それよりも今は武宮さんに嫌われてしまったのではないかという不安で胸が苦しい。
…だって、いきなり彼女の兄が家の前に居たのだから。それは不思議に思うを通り越して、嫌に思ったに違いない。…いや、あれ?でも本当に妹と武宮さんは恋人同士なのだろうか?
先程の妹の台詞でそれすらも分からなくなった。
とりあえず聞きたいことがいっぱいだ。
武宮さんの前で、どもらず聞きたいことを聞けるように、頭の中で予行練習を繰り返していたら、武宮さんが戻ってきた。
「武宮さん、」
「…お茶でいいか?」
「あ、はい。…ありがとうございます」
渡されるがまま、500mlの未開封のお茶を俺は受け取る。
密かに「武宮さんはここのお茶が好きなのか」と心の中でメモをしながら、やっぱりお構いなくというべきだったのだろうかと少しだけ悩んだ。
「………」
「…あの、武宮さん」
「……」
「その…」
「何で、家知ってた?」
「……っ、そ、それは」
ドキッと胸が高鳴った。それは悪い意味で。
そりゃそうだよな。何で家知ってるんだよって話になるよな。
「い、妹から聞いて、その」
「…言ってない」
「……、」
まじかよ。
…もしかして武宮さんは、俺があなたのストーカーだということにさえ気付いているのか?
「…えっと」
「……」
「その、あの」
「…別に怒っているわけではない」
「……」
「理由を知りたいだけだ」
武宮さんの家を知っている理由なんて…。
そんなの武宮さんが好きだからに決まっている。好きだから住所だけではなく朝何時の駅に乗って何時の駅で帰ってくるのかも知っている。
…そんなストーカーのようなことまでしてたって言ったら引く、よな…?
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