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第6話

電話のコールにドキドキする。 固定電話からかけるから、もし彼の新しい携帯に僕の番号が入れられていたら、僕からの電話だって分かる。 先輩は取ってくれるだろうか? プルルル…プルルル…  1回…2回…3回…もう出ないだろうか… 不安がよぎる。このまま留守番電話に接続されたら、きっと何もメッセージを残せない。僕は電話を切ってしまうだろう。お願いだ、神さま…。 『もしもし?』 繋がった!一気に体に血が巡る。 『矢田?』 ああ、先輩、僕の番号新しい携帯にも登録してくれていた。 それだけで嬉しかった。それだけで涙が出てきてしまった。 お酒で温まった体は雨に濡れた服で芯まで冷え切って、寒さで体が震えていたせいだろうか、声も震える。 「先輩、お久しぶりです。はい、矢田です。」 『矢田…。元気か?』 「はい、先輩は?」 『俺?元気だよ。今残業終わったところ。今日ゼミの同窓会行けなくて残念だよ。』 「ですね。」 『もう同窓会終わったのか?…矢田最近どうしてた?仕事忙しい?』 「月並みに、はい。でもようやく慣れてきました。」 懐かしい声。電話で話すのはいつぶりだろう。低いけれど重過ぎない、凛々しい声。 先輩は僕に話すときには柔らかく話す。僕は先輩の声が好きだ。先輩の優しさが好きだ。 胸の奥がジーンとする。耳の奥もジーンとする。 何年も話していないのを感じさせない位、二人の会話は自然だ。それが嬉しい。 「先輩は金曜日でも残業するくらいだから、すごく忙しいんだね。」 『まぁな。今日は何とか行きたかったんだが…。最近はどうしてる?何か趣味始めた?』 「いえ、相変わらず映画鑑賞はしてますけど、運動は何も。そういえば今日原田にまた”か弱い”ルックスだとからかわれました。」 『あいつも変わらないんだな、お前をいじる癖。」 「うん。…思ったほど皆変わってません。」 そして僕も変わらずあなたが好きだ。こんなに長く会わなくても。 「…そういえば、先輩に借りたCDまだ家にあります。返さないと。」 『あぁ、”Risky”ね。あれお前んちか…。いいよ、お前にやる。』 「…いいんですか…。」 先輩に会うきっかけが一つ消えてしまう。返す事を理由に、逢えるかもしれないと想っていた自分がいて、そしてそのチャンスが消えた事に残念すぎる声を出したようだった。 『…なんだよ、要らないんだったら返せよ。』 「いや、要らないわけではないんですけど…。」 『もう聞いてないのか?俺はまだあの曲だけはしょっちゅう聞くんだ。スマホに入れてる。俺も変わってないな。いや、そういえば、俺コーヒー飲めるようになったんだぜ。そこは変化だな。』 「そうなんですか?じゃぁ今度一緒に飲めますね。」 『うん…。』 「・・・・・・」 『矢田…?』 一緒にコーヒー飲める日なんて本当に来るんだろうか。 先輩は僕に会いたいと思った事はあったのだろうか? 先輩は、僕の事をどう想っていたんだろう? 僕はどうしたかったのだろう?  会いたいと想ったのは僕だけなのだろうか…。会えない時間、先輩は僕の事少しでも思い出してくれただろうか?もしそうなら何故連絡くれなかったのだろう…。 会えない時間に考えた事が次から次に頭に溢れる。 雨はまだ水滴で窓に流れる川を作っている。 『矢田?聞こえてる?』 「…はい。…先輩、こっちすごい雨降ってます…。」 『こっちは降ってない…。』 「僕スーツビショビショで帰ってきました。」 『お前まさかそのままか?この時期だと確実に風邪引く。早く着替えろ。』 「嫌です。電話切りたくないので。」 『何バカ言ってんだ、早く着替えろ!』 「だって、そしたら先輩と話できなくなっちゃうじゃないですか?」 『また電話したらいいだろう?ほら!』 「嫌です。」 『何でここでそんな我儘言うんだよ。俺は傍に居ないのに。』 「・・・・・・。」 『じゃぁ、分かった。電話切らずに待ってるから、早く着替えて来い!』 「分かりました、じゃぁ2分で着替えます。」 僕は手早くずぶ濡れの服からパジャマに着替えると、すばやく受話器を耳にした。 「先輩?!まだ切ってないですか?先輩?」 『・・・・・・』 「先輩・・・。」 『・・・おぅ、着替え終わったか我儘王子。』 ほっとする。また電話をかければいいだけだけど、僕はどうしても切りたくなかった。勇気を出してかけた電話だ、今日の繋がりをまだ切りたくない。まだ声を聞いていたい。懐かしい声を、聞くだけで落ち着くこの声を。 「はい、お待たせしました。」 『俺はタバコ吸ってたんだよ。それも俺の変化”その2”だな。』 「タバコ吸う様になったんですか?」 『あぁ、口寂しくてな。』 「あんまり似合わない。」 『…そうだな、俺もそう想う。吸いながら思い出してた。あの時もビチョビチョの服のままだったな…。』 「はい…。」 あの時の事を聞いてもいい?先輩…。 そう言いたいのに、口は勝手に別の事を喋り出す。 「ねぇ先輩・・・。今度CD返しに行ってもいい?」 『・・・・・・。』 「先輩?・・・」 はぐらかされるのかな?会いたく…ない? 『…なぁ、俺お前の声聞くと落ち着くよ。』 「…僕も先輩の声好きです。」 『…雨になるとお前を思い出す。』 ドキンと心臓が高鳴った。顔が赤くなる。でも先輩には見えない。 『雨になると、あの曲を聞いてお前の事を考えるんだ。  あの夜、お前にあんな事しなければ良かったって。いつも後悔する。』 どういう意味だろう。今度は青ざめた。あの夜の出来事が汚点だという意味だろうか。 考えてみればそうなのかもしれない。きっと彼は少し魔が差しただけ。 そういうことなんだ、きっと。 そう思うと勝手に涙が零れてきた。泣いているのを気付かれないように喋らないと。雨粒の付く窓と同じに僕の視界がぼやける。 でも、どうせ話せなくなってしまうなら、今まで言いたかった事を伝えたい。 玉砕はしたんだから、もう僕には怖いものがない。 伝えよう、会いたかったと…。 あの夜以来伝えたかった想いを…。 「先輩…。あの夜…僕は嬉しかったんです。先輩がキスをしてくれて。そばにいてくれて。一緒の布団で寝れて。  先輩は僕の憧れでした。…僕、あの時どうしたらいいか分からなかったんです。先輩とずっと一緒に居たくて…。でも何か喋れば夢のように消えてしまうんじゃないかって。  怖くてあのキスのこと、聞けなかった、触れられなかった。  聞こうと思う度、先輩の気まぐれだと知ったら傷つくのがわかってて、怖くて。  でも聞かずに時が過ぎて、距離が出来てしまって。  先輩は後悔しているのかなってずっとどこかで判ってました。  でも先輩から離れて過ごしたくなかった。  社会人になったら、余計に距離が出来てしまって、やっと今日電話をかけることが出来たのに、ずっとずっと会いたかったのに…。ぐずっ。」 しまった泣いているのがばれる。鼻水が勝手に流れてくる。 『矢田?泣いているのか?』 「泣いていません。風邪を引き始めただけです。」   僕は意味のない嘘をつく。   『尚更ダメだろう。…矢田。』 「はい…。」 『矢田…。俺は後悔してた。お前に気持ちを伝えずにキスをしたから。  お前の気持ちも聞かず、俺の気持ちも言わず、勝手にキスした事を後悔している。 お前に会いたいと想っていた。  でも、会いたいと言っていいのかもわからなかったんだ。』 「本当に…?」 彼の笑顔に心を救われる度、僕のLikeはLoveに変化していった。 心から会いたいと想ってた。 先輩も僕に会いたかったと言ってくれた。あぁ、これは聞き間違いじゃないよね? 『お前が俺に会いたがっていればいいのにと、勝手に待っていた。  でも何もしなかった。俺は卑怯者だよ。』 キスしてくれた先輩の勇気に心を開かなかった僕の罪。 「先輩、僕は先輩に会いたかった。心から、いつも、貴方に会いたいと想っていた。なのに何も出来なかった。  僕も会いたいと想われたかった。僕は弱虫だよ。」 先輩が電話口でふっと微笑んだのがわかった。 『似たもの同士って事か。』 「うん、今日香山先輩にもそういわれた。」 『え?里香が?』 「はい、自分が身を引いたのに、何してんだって怒られました。」 『アイツやっぱりすげぇやつだな。俺の気持ちより先に俺の事を判ってたんだな。』 「・・・それ、何だかすごく妬けますけど。」 『・・・。今度お前んちにCD取りに行くよ。』 「はいっ!!」 僕等はとても長い遠回りをしたようだ。 でも2年間の積み重ねた思いは、愛しさを増す雨水となり互いを思う心を育てた気がする。 少しリスキーな道だったけど、僕はやっと先輩に会えるだろう。 『雨まだ降ってるのか?』 「うん、まだ降ってる…。」 窓にかかる水の流れを通して暗い夜空を眺める。 空は繋がっている。僕はもうすぐ貴方に会える。 ーーーーーーーーーーーーーーーEND-------------------

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