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第2話

抵抗するアオキを些か無理矢理引き剥がした紅鳶は驚いた。 顔を上げさせられたアオキの顔が今にも泣き出しそうだったからだ。 「どうした?」 まさか誰かに…また舛花(ますはな)か…?! 嫌な予感が胸をよぎる。 アオキは以前、紅鳶に傘を届けようとゆうずい邸の敷地を歩いていたところを舛花という男娼に襲われかけた事がある。 持ち前の強さで撥ねつけてはいたが、紅鳶が駆けつけなければどうなっていたかわからない。 あの時舛花には牽制したつもりだったが、まさかここを突き止められて報復しに来たんじゃ… もしもそうだったら殺してやるどころじゃ済まない。 瞳を潤ませるアオキの身体を確かめようとしたその時だった。 アオキがぽそりと呟いた。 「紅鳶様は…倦怠期という言葉を知ってますか」 「………倦怠期?あ…あぁ、知ってるがそれがどうした」 腑を煮立たせふつふつとしていた所に何の脈絡もない質問をされ、戸惑いながらも答える。 すると、アオキは意を決したように話し始めた。 「今日、般若(はんにゃ)さんに…会いました」 般若は淫花廓において特別な男衆だ。 表向きしずい邸男娼の世話係だと言われているが、実際その仕事内容には謎が多い。 素性もトップシークレットで、正体を知っているのもごく僅か。 紅鳶は般若の正体を知ってはいるものの、未だにその役割りを楼主から詳しく教えられてはいなかった。 だが、これだけはわかる。 あれはだと。 「それで…言われたんです」 アオキはすん、と鼻を鳴らした。 「マンネリに気をつけろって」 「マンネリ?」 「付き合い始めの頃は何をしても新鮮で楽しかったけれど、月日を重ねるうちに日々がパターン化してしまい、飽きてしまう…それがちょうど三ヶ月あたりらしいんです。それは魔の三ヶ月と言われ…その時期に……別れてしまう恋人が…たくさんいるらしいです…」 時折言葉を詰まらせながらアオキは続けた。 「俺、それを聞いてからどうしようって、ずっと思ってて…だって、だって…」 堰を切ったようにアオキの瞳からポロポロと涙が溢れていく。 どうやらアオキは般若に何か良からぬ事を吹き込まれ、そのせいで不安になってしまったらしい。 確かにアオキとこの生活を始めてから大体三ヶ月くらいは経っている、 だが、新鮮みがないとか日常がパターン化しているなんて思った事はただの一度もなかった。 むしろ、愛しさは増していっているし、毎日幸せだ。 昔は人生は薔薇色だなんて言葉よく言ったもんだと馬鹿にしていたが、今ではよくわかる。 アオキのいない生活なんて考えられないし、別れようだなんてそんな恐ろしい事できるはずがない。 般若め、余計なことを… 心の中で舌打ちをしながら、さめざめと泣くアオキを引き寄せる。 スーツはすっかり皺になってしまったが、気にせずに身体の上に乗せると下からじっと見つめた。 「アオキには…俺が飽きているように見えるか?」 紅鳶の眼差しに、アオキの頬がたちまち紅く染まっていく。 束の間逡巡すると、「……いえ…」と答えた。 睫毛を伏せて俯くアオキを抱きしめると紅鳶は心の中でホッと息を吐く。 忙しさにかまけて、知らずアオキを不安な気持ちにさせるような行動をとってしまっていたかもしれないと、ほんの少し思ってたしまったからだ。 「でも…でもダメです」 アオキはそう言うと顔を上げた。 その眼差しは、さっき紅鳶のマウントをとっていた時と少しも変わっていない。 「今は良くても、きっといずれ俺に飽きる日がくるんです。だから…今日は俺にやらせてください!大丈夫です、紅鳶様はそこに寝ているだけでいいですから」 鼻息荒く意気込むアオキの姿に察した。 どうやら般若に何かを焚き付けられてきたらしい。 の事だ、きっと碌でもないことを吹き込んだのだろう。 しかもアオキは意思が強い。 初志貫徹というアオキの花言葉通り、初めに決めた志は最後までやり通す主義だ。 何をするつもりかわからないが、きっとやらせてあげるまで折れないに違いない。 まぁ、そういうところもかわいくてたまらないのだが… 「わかった、それでお前の気が済むなら好きにしろ」 我ながら甘いとは思いながらも、何かを一生懸命やろうとしているアオキの意志を無下にはできない。 やれやれと溜め息をついていると、突然カチャンと音がして両手の自由が奪われた。 見ると、自分の腕にガッチリと手錠が嵌めれている。 他人にやった事はあっても、自分にされた事は一度もない。 見慣れない光景に腕を上げてまじまじとそれを見つめると眉を顰めた。 「これは…何だ?」 「手錠です」 「それは見ればわかる。どうして手錠が俺に使われるんだ?」 こういうのはアオキの方が100倍似合うだろ。 そう言おうとした時、手錠越しにアオキの顔が見えた。 その瞳はまた先程のようにウルッと潤んでいる。 「ダメ…ですか?」 まるで捨て猫のようなその瞳に紅鳶はうっ…と呻いた。 あの顔は反則だ。 そしてまたもや身贔屓といっても反論できない言葉を返してしまったのだった。 「…いや…好きにしろ」

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