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第30話*酒の肴*
狐は一人酒を口にしていた。
たまに目を閉じ屋敷の中のトキワの存在を確認しているのだ。そして感じるとまた酒に手を付ける。
「お館様。よろしいですか、シマでございます」
「なんだこんな時間に」
何も言わずシマはふすまを開けた。
「シマ!」
狐は少し不機嫌そうだった。
そこには頭を深く下げたトキワがいた。
「ト・・キワ?」
「シ、シマさんから聞いたんですけど、お館様はいつも一人でここにいるという事でしたので、差し支えなければお相伴と思いまして・・」
「ここに来てくれるのか?」
トキワの体がビクッと硬くなる。
『ここは叫ぶほど泣いて気を失った所・・』
手が少し震えたが
「俺に何もしない。絶対に触らないという事であれば」
少し顔をあげると狐はこの上ない優しい笑顔を見せていた。
「来てくれるのか。ここに」
スッとふすまが閉まる。
「え?シマさん?ちょっとシマさん」
すぅ。
大きく息を吸って緻密な紫紺の絞りの打掛をかすかに床に擦りながら、
狐から少し離れたところにトキワは座った。
狐はずっとトキワを見つめながら、
「またお前の顔が見られて幸せだ。お前の瞳に俺が写っている。それだけで酔いそうだ」「・・それは言いすぎですよ、お館様」
「トキワ。頼みがある。気が良い時は顔を見せてはくれないだろうか」
「か、考えておきます」
「お前の顔が見たい」
狐はとても穏やかに盃に口を付けながら、ずっとトキワを見つめていた。
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