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第3話①

わいわいと賑わう店内。 スタッフが忙しなく動き回る。 「すみませーん、注文お願いしまーす!」 「はーい!」 その中にいつもと違うメンバーが2人。 「さっさとしなよ」 「分かってますよ!」 城崎さんと俺は、ホール担当としてMILKEYの臨時アルバイトをすることになりました。 … …… 追試の危機にあった試験がなんとか無事に終わり、学校は夏休みに入った。 夏休みといえば、友達や彼女と遊ぶ絶好の機会だが残念ながら彼女はいない。 友達の稜様は、歳上の○○さんと会う、その次は××さんと会うとかでとにかく忙しいらしい。 彼女は、男女ともにモテるのです。 彼女いわく清く正しいお付き合いしかしていない、とのことだが俺にはよく分からない。 遊びの誘いをことごとく断られた祐介の顔が今でも忘れられない。 その祐介とは、何度か会う約束をしているもそう何日も会う訳ではない。 「カズさーん、俺彼女欲しいよー。」 「はははっ、喫茶店のおっさんにいわれてもなぁ」 そんな非リア充で暇人な俺は、夏休みになっても変わらずMILKEYに通っていた。 「店にばっか来て、ほんと暇だね」 「うっ…悪かったですね…。俺は城崎さんと違って女の子にモテないんですよっ、彼女がいれば今頃きっと…くそぅ。」 店に入り浸っている俺に、城崎さんは呆れ顔だ。 城崎さんとはこうして店でよく顔を合わせている。 毒舌は健在でしょっちゅう悪態をついてくる。 この猫被りイケメンが。 「そうそう、ちょっと2人にお願いがあるんだ」 カズさんが思い出したかのように話を切り出し、「これサービスね」と特性ふわふわかき氷を出してくれる。 「お願い?」 俺はかき氷に目を輝かせながら問う。 何だろう?城崎さんだけじゃなくて俺も? 「まず彼方に。夏休みの間だけ演奏会を週4に増やしてくれないか?お客さんから、演奏をもっと聴きたいから回数を増やしてほしいって希望があってね。」 「そんなこと?別に構わないよ。」 城崎さんは、かき氷をスプーンで掬いながら承諾する。ピアノに関しては、好きなことだからなのか寛容だ。 口の中で氷がシュワッと溶ける。 うまい。氷がほんのりミルク味なのが良いんだよなぁ。 「あと、」とカズさんが付け足す。 「これは2人へのお願いなんだが、ホールの手伝いをしてくれないかな?」 「ホールですか?」 「…。」 俺へのお願いはこれか。 城崎さんは、どんよりとした顔でカズさんを見ている。さっきの快い返事はどうした。 「彼方が演奏するようになってから、お客さんが増えていてね。学生の子達は夏休みだし、これから演奏会が増えたら今よりもっと忙しくなると思うんだ。お昼時とか1番忙しい時間帯だけでいいから手伝ってもらえないかな?」 「俺は大丈夫です!」 「……。」 俺は、カズさんの頼みを快諾する。 これといって予定もないし、大好きなMILKEYで働くのも良いな。 確かに、城崎さんが店に来るようになってからお客さんは増えている。特に女性の。 純粋に演奏が聴きたくて来ている人もいれば、演奏目当てなのか城崎さん自身が目当てなのかよく分からない人もいる。 まあ、どちらにせよ影響力が半端ない。 「彼方はどうだ?」 「…俺はピアノだけじゃないの」 そんなMILKEYのスターは、スターとは到底思えない暗い顔でカズさんに不満を訴えている。 「バイト代だすぞ〜?」 「……。」 「…アレ、欲しいだろ?」 「…!!…や、る…」 でた、アレ作戦! 城崎さん、完全に手の平の上で転がされてるよ。 今度は何で取り引きしたんだ…。 城崎さんの返事を聞くと、カズさんの顔がぱっとより一層明るくなる。 「ありがとなー!2人共、明日から頼んだぞー。」 「はい!よろしくお願いします!」 「……。」 話が済むと、カズさんは仕事に戻っていった。 城崎さんは、まだ暗い顔のままだ。 「そんなにホール嫌なんですか?」 「接客が疲れるんだよ。女性の…。」 「…あー。なるほど。」 何度も言うが、城崎さんはモテる。 演奏会の後に、女性から声をかけられることや女性に囲まれることはざらにある。 城崎さんはその度に爽やかスマイルで対応しているが、女性客から解放されると正気を吸いとられたような状態で戻ってくる。 それを思うと気持ちは分からないでもない。 俺からしたら、贅沢な悩みだけれど。 「城崎さん!一緒にがんばりましょう!」 「淳と一緒なんて、余計疲れそう。」 「ひどっ!?」 こうして、次の日から夏休み限定のアルバイトが始まった。

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