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Yusuke's Story〜⑥〜

「やぁーまーしぃーたぁー!」 「声でけぇよ!だから俺は部活だって。」 ユニフォームに着替え、これから部活へ行こうとしているクラスメイトを必死に引き止める。 現在の天気、雨。 朝家を出た時は晴れてたのに。 なんで!?なんでだよ! お天道様の馬鹿野郎っ。 「傘貸してくれよ〜」 「俺、折り畳みしか持ってねぇんだよ。」 「じゃ、それ貸して。」 「お前最低だな。てかお前のお世話役2人はどこ行ったんだよ?」 「今日は用事あるから先に帰った。」 「なんであいつら肝心な時にいないんだよ…」 落胆する山下の背中に頼むよ〜と力いっぱい抱きつく。ぐえ、と苦しそうな声が聞こえてきたが気にしない。 今の頼みの綱は山下、お前しかいないんだ。 「こらっ抱きつくな、重いっつの!まじで部活行かせろっ」 「俺を見捨てるのかよ〜!」 俺の腕から逃れようとジタバタと暴れる山下の悲鳴と、俺の情けない声が廊下に鳴り響く。 数分の格闘の後、こうなったらお前ごと部活に行ってやる、と山下が俺をずるずると引き摺りながら歩き始めた。 「山下」 「あっ、…たにはら、先生!」 ゼェゼェと息を(山下が)荒げ階段に差し掛かったところで、誰かに呼び止められ歩みが止まる。 ん? たにはら? 聞き覚えのある声と名前に反応して、山下の肩から顔を出すと数段下に谷センがいた。 「谷セン!!」 「…山下、宮田先生が呼んでいたぞ。はやく行け。」 「はい!いま行きますっ!!」 「あっ!おい、山下っ」 山下はナイスタイミングとばかりに潔く返事をすると俺を引っぺがし、よかったな、先生に何とかしてもらえ、と嬉しそうに手を振りながら走り去っていった。 逃げたな。 山下め。 でもそうか、学校の傘を借りればいいんじゃん。 よくよく考えれば分かることを今更ながら思いつき、希望が湧いてくる。 「谷セン!学校の傘借りたいんだけ、ど…?」 早速谷センに傘のことを聞こうと声をかけるが、その表情を見て戸惑う。 なんか、機嫌悪い…? 「…あの…?」 「…ついてこい。」 「う、うん。」 何となく話かけにくくて言われるがまま黙って後ろをついていく。 一階まで降りたところで玄関で待ってろといわれ、1人下駄箱へと向かう。 靴を取り出しながら、さっきまでの行動を思い起こす。 俺、やらかした? 廊下で騒いだから怒ってんのかな? それとも山下を引きとめたから? 悶々と考えこんでいると、少しして谷センが傘を持って戻ってきた。 助かった! なんで初めからこうしなかったんだ俺。 山下への絡み損だ。 やっぱり頼るべきは山下より谷センだ。 何とも勝手な結論をつけると、谷センのもとへ駆け寄る。 「谷セン!」 「送ってやる。」 「ありがとう!…え?」 谷センが持ってきてくれた傘を差して、駐車場まで歩く。 傘だけ貸してもらえれば歩いて帰るから大丈夫だといったのだが、お前に貸したら一生返ってこなさそうだからといわれた。 俺って谷センの中でそんなイメージなの?! 物の貸し借りに関して、相当信用がないらしい。 日々の行いって大事だ。 助手席に座り、シートベルトを締める。 雨の日。 車。 谷センと2人。 何かデジャブを感じる。 だが、今回は谷センは帰宅せずただただ俺を送ってくれるだけだ。 また学校に戻らないといけないのに、傘を忘れただけの俺にそこまで世話を焼くなんて。 今日の谷センはちょっと変だ。 車を発進してからも谷センの表情は硬かったが、話しかければ普通に答えてくれた。 話しても怒られないと悟った俺は、勝手に今日の報告会を始めた。 「田中先生が最近ジム始めたらしいぜっ」 「そうらしいな」 「食堂のおばちゃんがサービスで肉大盛りにしてくれて超ラッキーだった!」 「よかったな」 と、こんな感じで一応会話が続いていたのだが「山下が、」と言ったところで急に相槌が無くなる。 「谷セン?」 やばい、俺話しすぎたかな。 声でかかった? 機嫌を損ねたかと焦って顔色を伺う。 「…山下とは仲が良いのか?」 「へっ?」 てっきり怒られるのだと思っていたら、まさかの山下の再登場に素っ頓狂な声がでる。 山下? なんでここで山下? 「普通だけど…?」 山下とは確かによく話す。 だが、淳や稜ちゃんみたいに一緒に遊びに行ったりすることはない。 本当にちょっと気の合うクラスメイトって感じだ。 「…お前は、誰にでもあんな風に抱きつくのか?」 「え?」 抱き?つく? 質問の意図が分からず、混乱する。 それは今日山下に傘を借りようとしていた時のことを言っているのだろうか。 高校生にもなって甘え過ぎだってこと? もっと男らしくしろってことなのか? 「…何でもない。忘れろ。」 俺が考えこんでいる内に、谷センが話を終わらせようとする。 え、そこで終わらせちゃう感じ?? めちゃくちゃ、不完全燃焼。 ハンドルを握る横顔からは、感情が読み取れない。 「待って待って!もやっとするっ。それは、もっと品の良い高校生男子としてふるまえということですか、先生っ!?」 「いいから忘れろ。」 「いやいや、気になる!忘れろとか言われたら余計に気になる!あ!それとも可愛い俺に焼きもちですか?なーんてっ…って、あれ…?」 最後はほんの冗談で言ったつもりが、赤信号でこちらを向いた谷センの顔は全く笑っていなかった。 しんと静まり返る車内の雰囲気に冷や汗がでてくる。 信号がやけに長い。 「そうだといったら、お前はどうするんだ?」 「え…」 いたたまれず視線を彼方此方に彷徨わせていたら、谷センの口からまさかの発言が飛び出してきた。 慌てて谷センの方を振り返るが、見計ったかのようなタイミングで青に変わりまた視線が合わなくなる。 「冗談だ。」 運転しながらそう付け足す谷センの表情は、全然冗談を言っているように見えない。 …何だよそれ。 どういう意味なんだよ。 走ってもいないのに脈が速くなってくる。 自分からこういう冗談を言うのは慣れているが、普段滅多にそんなことを言わない相手から言われると調子が狂ってしまう。 「…っ…」 完全に自分のペースを乱されてしまった俺は、いつものうざ絡みもできずその後家に着くまでの数分間、意味もなく携帯を触ったり窓の外を眺めたりして過ごした。 「…着いたぞ。」 "嶋谷"という表札が見えたところで、谷センが車を停めてくれる。 「さ、さんきゅー、谷セン。」 少しぎこちなくお礼をいうと、携帯を鞄にしまう。 やっと着いた… 歩いて帰ってもそう長くはない距離のはずなのに。 今日は何だか遠く感じた。 さっきから変に意識してしまって、まともに目が合わせられない。 しっかりしろ、俺。 なるべく平静を装ってドアに手をかける。 「今度もっと上手い飯作ってくっから!お礼にならないかもしんないけどさっ!じ、じゃっ」 「待て」 「!」 これ以上ボロをださないようささっと車から降りるはずが、ドアを開ける前に呼び止められ、身体を横に向けた状態のまま一時停止する。 「な、なに?」 「……」 不自然なのは分かっていても顔が挙げづらくて、足元ばかりを見てしまう。 谷センは俺の問いには答えず、顔を俺の方へ近づけてくる。 な、なんで近づいてくるんだ? 近づくのは禁止じゃなかったっけ? いや、俺はいいんだけど! でも! ゆっくりと身体を傾ける姿が、あの日の谷センと重なる。 心臓がばくばくとうるさい。 「た、たにせ、」 谷センは俺の後ろに手を回すと、そのまま… 俺の鞄についていたキーホルダーを拾った。 それを目にして数秒時が止まる。 「落ちてたぞ」 「……」 …あ、めっちゃ勘違い。 ちょっと恥ずい。 「あっ、ああ〜!ははっ!ありがと…!じゃ!!」 恥ずかしさを振り払うように大袈裟にリアクションしてキーホルダーを受け取ると、今度こそ車から降りた。 家に入り、間の抜けたただいまをいって自室に上がる。 ドアを閉めてその場にしゃがみこむと、鞄に顔を押しつけてうがー!っと言葉にならない叫びをあげる。 今日の谷センは本当に変だった。 谷センが、俺に嫉妬…? 冗談だといっていたけれど、あんな真剣な声音で冗談を言う人を見たことがない。 さっき車を降りる前に見えた表情だって。 勘違いをするなといわれてもしてしまう。 想うだけでいいって思っていたけれど… 少しは、期待してもいいのかな…? ポケットにあったキーホルダーを見て顔が綻ぶ。 俺は小さな希望を抱きながら、それを鞄に付け直した。

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