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Yusuke's Story〜⑤〜
今日の天気、快晴。
髪型よし。
弁当よし。
元気よし。
よし!いざっ。
お昼休憩に入り、人の数がまだらになった職員室の中をずんずんと進む。
探していた後姿を見つけると、歩く速度を早めて一気に近づいていき背中をぽんと叩く。
「谷センっ!」
「…っ!?…嶋谷。どうした。」
不意をつかれた谷センは、一瞬驚いた表情をしたが俺の顔を見ると、淡々と返事を返す。
それはいつもと変わりないのだが、以前と比べてどこかよそよそしく感じる。
だが、そんなことを気にしていては戦はできぬ。
俺は谷センのデスクに手をつくと、身をのりだす。
「谷セン、一緒に昼飯食べてよ。」
「…だめだ。前にいっただろ。」
お迎えつきのお昼のお誘いはものの5秒できっぱりと断られる。
ここまでは予想通りだ。
しかし、俺には奥の手がある。
「そういわずにっ。天気もいいしさ、一緒に食べましょうよ~」
「友達はどうした。」
「友達以外と食べたい時もあるんすよー。頼みますよ、ねっ!?ねっ!?ちょっとだけっ!!」
手を合わせて必死に谷センを説得しながら、横目でちらりと隣を伺う。その隣にいる人物と目が合ったのを確認すると、うわぁぁと泣き真似をしながら抱きつく。
「森本せんせぇ〜」
「こら、失礼だろ。」
森本先生は、谷センの隣の席にいる国語教師。
年齢は恐らく俺の母親と同じくらいで、生徒からは森さんと親しまれている優しい女の先生だ。
「ふふふっ。まぁまぁ、谷原先生。生徒との時間も大事ですよ。お天気もいいし、一緒に食べてきたらどうですか?」
「……」
ナイス森さんっ!
森さんが、俺のこのおねだり戦法に弱いことはチェック済みだ。
「谷セン〜」
「…はぁ。分かった。」
よっしゃー!!
小躍りしそうになる気持ちを抑えて、否、抑えきれないまま谷センが何か言っているのも聞かずに「じゃ、廊下で待ってるからなっ。」と言い捨て出て行く。
とりあえず第一関門クリアだ。
この調子で攻め入るぞ。
「じゃーん!」
古典的な効果音を付けながら今日のメインともいえる弁当箱の蓋を開ける。
中身が露わになると、俺の動作を隣で何気なく見ていた谷センの箸を持つ手が止まる。
「…これは?」
「見りゃわかるでしょう?卵焼き!」
「卵、焼き?」
堂々と答える俺に反し、谷センからはクエスチョンマークが飛び交っているのが見えそうだ。
「お前が作ったのか?」
「そう!谷セン食べてみてよ」
「タッパー全面に卵焼きとは…。なかなか見ない光景だな。」
「一品つくるのが精一杯なんだよ!」
ほら、と隙間なくいっぱいにつめこんだ卵焼きを容器ごと差し出す。
今日の計画のために朝いつもギリギリまで寝ている俺が、早起きして作った初の自作弁当。
弁当といっても自分が食べる分は親に用意してもらい、谷センと一緒に食べる分を一品用意しただけなのだが。
何を隠そう、俺はインスタントしか作ったことがない。
そのど初心者が作ろうと試みただけでも褒めてほしい。
見た目は少しいびつで所々こげているところもあるが。
だけど、食べれない程ではないと思う。
味見も一応した。…けど、よく分からなかった。
静かに卵焼きを口の中へ運ぶ谷センの様子をドキドキしながら見守る。
「どう??」
「40点くらいだな」
「ひ、低い!!」
そういいながらも嫌な顔をせず、黙々と食べてくれるところが谷センらしい。
こうして谷センとまともに会話するのは何日ぶりだろう。
もうずいぶんと長い期間話していなかったかのような気分だ。
ついつい嬉しくて俺ばかりが話してしまう。
嫌がられるかと思ったが、そんな素振りはなく一安心する。
「…もうすぐ休憩終わるな。お前次の授業何だ?」
「あっ、…せ、生物。」
谷センがふと時計を確認したところで我に返る。
しまった。
楽しくて本題を忘れるところだった。
今日の目的はご飯会ではない。
いや、それもあるんだけど。
ここで別れてしまってはこの作戦の意味が無い。
俺は意を決してこほんと1つ咳払いをする。
「谷セン、話があるんだけど。」
「十分しただろ。」
「…この間のこと、まだ気にしてる?」
曖昧な言い回しだったが谷センには伝わったらしく、眉間の皺が深くなるのが見えた。
「…当然だ。お前には教師として最低なことをしてしまった。」
あの日、頭を冷やすと言われた時と同じ言葉が返ってくる。
谷センのことだから、口には出さないがゆくゆくはこの学校を離れることも考えている可能性がある。
そんなことになっては、もう谷センに会えなくなってしまう。
それだけは阻止せねば。
「俺は気にしてないよ。」
「それは…」
「そういう問題じゃないんでしょ?だったらさ、俺に謝ってくれる代わりにこうやって昼飯たまに一緒に食べてよ。交換条件ってことで。」
今日のために考えてきたとっておきの台詞。
言われた当人は、また厄介なことを持ちかけられたとでもいうように渋い顔をしている。
「…それもズレている気がするが」
「難しいことはいいんだよっ!俺は避けられる方が傷つく!てか、そもそもあの日のことは全く傷付いてないし!だから、避けられている今は現在進行形で傷付いてる!」
もはや自分でも何をいっているのか分からないが、勢いのままにまくし立てる。
気にしてないというのは嘘だ。
自分から仕掛けておいて何だが、正直びっくりした。
でも傷付いた訳じゃない。
俺は女の子じゃないし、ましてや相手は好きな人だ。
こんなことで、このまま谷センとの距離が空いたまなのは嫌だ。
賑やかだった話し声が足音と共にだんだんと遠ざかっていく。
もうすぐ予鈴が鳴る。
「…分かった。」
「ほんと!?」
全く譲る気のない俺が面倒になったのか、それとも早く授業に行きたかったのか、思っていたよりも早く谷センが折れてくれた。
「ただし、俺とは一定の距離を保て。」
「距離?どんくらい?」
「教師と生徒としての距離だ。お前は距離感が近すぎる。1m以内に近づくの禁止。」
よっしゃ!と喜ぶ間もなく手厳しい条件が付け加えられる。
い、1m!?
生徒でももうちょっと近づいてるんじゃない??
真面目かよ。
「えぇ~…」
「それがらだめなら、今まで通りだ。」
「OKです!1m離れまっす!!」
納得がいかず不満をもらそうとするが、"今まで通り"という地獄のワードをだされ、半ば反射的に了承する。
これではどちらが弱みを握られているのか分からない。
だが、焦りは禁物だ。
ここはひとまず大人しくしておかないと。
戦いは時には引くことも大事だ。
そう自分に言い聞かせると、すでに数歩先を歩き始めている谷センの後を追いかけた。
*****
俺の作戦は(距離制限があることを除いて)見事成功し、時間が合えば言葉通りたまに昼を一緒に食べるようになった。
ただただ本当に昼飯を食べるだけだが、ろくに会話もできなかった数日前よりずっといい。
ちなみに、
「じゃじゃーん!!」
「…これは?」
「きんぴら!」
「…ユニークな切り方だな。」
俺の一品料理試食会も絶賛継続中だ。
何故だか谷センの評価は40点のまま一向に上がらないけれど。
それでも毎回ちゃんと全部食べてくれる。
「では!先生っ!今日は何点でしょうかっ!?」
今日も例のごとく試食会を終え、ただいま運命の判定時間。
バラエティ番組で見る芸能人のように、目を瞑り手を組んで結果を待つ。
今日こそ!
今日こそ40点越え!
「40点。」
「え"ぇぇぇ〜…」
懸命の祈りも虚しく、頂いたのはお馴染みの4と0の数。
40の壁は思いの外高い。
「またっ!?また40点ですか!?先生〜」
確かに上達したかといわれれば微妙だけど。
でもやっぱり評価は高いほうが嬉しい。
料理って大変なんだな。
いつも上手い飯を作ってくれる母ちゃん、本当にありがとう。
く〜40点かー次は何を作るかな〜と1人ぶつぶつ呟きながら、箸をケースにしまう。
とりあえず谷センのリクエストをもらうか。
そう決めて谷センの方へ顔を向けようとすると、振り向きざまに口の中に何かを突っ込まれた。
「むぐっ!?」
びっくりして口を閉じた後に広がったのは俺の大好きな甘い味。
谷センの家で一緒に過ごした日にも食べた長細いチョコレート菓子。
そのクッキー部分は、谷センの手の中にある。
すらりと伸びている腕をたどっていくと、切れ長の目に自分の顔が映っているのが見えた。
唇の熱で、チョコレートが溶ける。
チョコの下からでてきたクッキーに歯を立てるとかり、という音とともに谷センとの距離が近づいていく。
数cm。
また数cm。
今の姿は、側から見たらまるで餌付けをされているうさぎだ。
そんな俺を見て、谷センが目を細めてはにかむ。
「……」
やばい…。
ドキドキしてきた。
チョコがなくなるまであと数mmというところで、谷センの手が離れた。
「40点と、それで41点だ。」
「……」
開口一番にいわれたのは、点数の話。
もふもふと咀嚼しながら発言の意味を考え、少し遅れて理解する。
「発想が親父っぽい。」
「そんなことをいうなら減点するぞ。」
「やだ!!」
少女漫画のようなムードから、またいつもの空気感へと戻っていく。
残念なような、ちょっと安心したような。
ドキドキと早鐘を打つ心臓の音を誤魔化すように調子の良いことを言う。
俺の胃袋の中にいるお菓子さん、ありがとう。
君は本当に幸せを運んでくれるんだね。
たまに浮気したりしてごめんなさい。
これからもずっと君を愛し続けます。
じいちゃんになっても食べ続けます。
心の中で長細いあの子に感謝の気持ちを述べる。
予鈴が鳴って、席についてもまだ口の中はほんのり甘い香りが残っていた。
と。
まぁそんなこんなで俺は近頃上機嫌だ。
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