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序章3

「ごちそうさまでした」  沈思黙考だった今日の朝食は、正直よく味を覚えていない。ただ鮭の身を解すのが以前より上手くなったかな、という程度だ。  こうやって日常は消費されていく。  僕は朝食の食器を提げ、洗面所に向かう。  髪の襟足が外側に跳ねているのはいつものことで、幼い頃からこういう癖がついていたのだと聞かされた気がする。誰にだったか忘れたけれど。 「やっぱりまた抜けてるなぁ……」  髪の毛そのものではない。髪の色のことだ。  黒髪だったらしいのだが、まばらに茶髪っぽくなっており場所によっては赤っぽくなっている。ドライヤーのかけすぎみたいな感じだ。  もちろん、これはドライヤーのかけすぎなどではない。  いつからなのかは知らないけれど、どうやら僕の髪色が脱色しているかのように薄くなっていた。  そんなに気苦労が絶えないのかと常連さんに心配されるがむしろ気苦労は感じたことがなく、幼い頃からの夢を叶えられたので充実している──はずだ。  それとも、僕は知らず知らずのうちに精神的負荷を溜め込んでいるのだろうか?  だめだ。こんなに忘れっぽい頭で考えたって思い当たる節があろうはずもない。  この記憶力欠如の良いところは、辛いことでも綺麗さっぱり忘れてしまえることだ。忘れたのに精神的な負荷って残るものなのだろうか。  まあこれは一つの可能性であって、原因は他にもあるかもしれない。それに髪色が茶色で困ることはないわけだし。  今日もそんな風に前向きに流す。  淡い色のTシャツにだほっとした作業ズボン。そこに緑色のエプロンをつければ、「花屋のお兄さん」という僕の完成だ。  ……三十五でお兄さんもないか。  でも、あまりおじさんと言われたことはない。髪色を抜けば僕は実年齢より幾分若く見えるようで、同年代からは羨ましがられる。  あとはおそらく日本人めいていない僕のこの目が、年齢不詳にしているのだろう。  鏡に映る自分の目に湛えられた色は、綺麗な鶯色。  これで本当に記憶がなんにもなくて日本語が喋れなかったなら、僕は自分が何人なのか悩んだことだろう。そして適当なことを吹き込まれれば、簡単に外国人になっていたにちがいない。  ──と冗談みたいなことを、毎朝思っている。  国際化社会が広まりつつある世の中だ。そのうちこの目も珍しくなくなるだろう。  顔を洗い、身なりを整えて店の方に向かう。不定休の僕の花屋は僕の気紛れが起きない限り、ほぼ毎日営業している。そして基本的には、午前九時開店だ。  自宅と店を繋ぐ通路を歩いて店の戸の鍵を開け、外のシャッターを持ち上げる。  がらがらという重々しい音を伴い、緞帳(どんちょう)のように上がっていくシャッター。  太陽はさしずめスポットライトといったところか。スポットライトよりかなりの広範囲を照らす太陽は、いつ見ても偉大だなと思う。  太陽を出来損ないの敬礼のような形で見上げ、今日も一日が始まったなと思う。

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