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「おはよう皆」 笑顔を振り撒くと 「おはようございます沙霧様」 「沙霧さま」 ワラワラとまるで夜電柱に群がる害虫の如く集まる人達。 コイツ等は俺の中身を見ていない。 見ているのは外見のみ。 クスッ、小さく笑みを零すと 「今日も素敵です」 顔を真っ赤にして叫ばれた。 俺の名前は沙霧永翔(さぎり はるか)。 金持ちの家で家族や使用人達に蝶よ花よと異常な位甘やかされて育てられた為我が儘に育ってしまった。 だが誰もそれを咎めないし、俺もそれが当たり前だと思っている。 「永翔」 嬉しそうに俺の名前を呼ぶのは俺の駄犬・七海波星(ななみ はせ)。 認めたくないが運命の番でもある。 俺が波星を拾ったのは幼稚園年長の時だった。 する事もなく暇で車内から外を眺めていた時だった。 「卯坂、車停めて」 土砂降りの中、何かが視界に入った。 運転手兼使用人の卯坂(うさか)に車を停めさせ、傘を差して外に出る。 何だ? 雨と泥水に塗れた物体。 近付くと丸まって倒れている人間だった。 見える所に擦り傷もある。 迷子か、家出か、事故か。思い当たるのは沢山あったが、この土砂降りの中見て見ぬ振りして放置するのは非常識だ。 「卯坂、拾って?」 俺はその物体を卯坂に拾わせた。 バスタオルに包ませて車内に入れる。 さっきは雨で分からなかったが、何か不思議な匂いがした。 甘ったるいスイーツの様な香り。 なんだろう。スッゴク良い匂いだ。 ずっと嗅いでいたい。 ジッとタオルに包まれた物体を見たが、薄汚れていて全く顔は分からなかった。 家に着くなりお風呂場で洗わせて怪我の手当てをさせた。 清潔な服装に着替えさせられたソレは 「ふぅ~ん?」 大層綺麗な顔立ちをしていた。 記憶障害なのかそれとも言いたくないだけなのか、名前や住んでる所を聞くと何も覚えていないと言われた。 使用人達に調べさせたら、名前は七海波星でαの家系らしい。 何故土砂降りの中家から遠く離れた道路で行き倒れていたのかは不明。 父の秘書が七海家に連絡を入れ、迎えに来て貰った。 翌日改めてお礼を言いに来た波星と波星の両親。 自分の息子を卑下する様に話す姿に俺は違和感を覚えた。 七海家には沢山の優秀なαが居る。 波星は三男で、兄にも従兄弟にも色々と劣っているらしい。 優れてなくて恥ずかしい、苦笑混じりに話す波星の父親。 どうして私達に似なかったのかしら、溜息を吐きながら言う母親。 意味が分からない。 何故この人達は自分の子供をバカにする? 何故理解しようとしないんだ? 優れてないって、どうして決め付けるんだ? キュッ、小さくズボンを握りながら下を向き、黙り込む波星。 見ていて嫌な気分になった。 思わず 「そんなに御自分の息子さんが気に入らないのなら、くれませんか?僕に」 波星の両親を睨み付けながら口を開いた。 俺の発言に皆驚いたが、発言は受け入れられ、そのまま波星は俺の物になった。 見ていられなかったんだ。 波星を乏しめる両親や涙を堪えた姿が。 そして何より、俺が波星を欲しいと思った。 要らないのなら頂戴?って。 その後波星は俺の右腕となる存在にする為に色々教育して貰う事となった。 波星はウチで引き取られた後、スグに専門学校に入れられた。 語学を含む様々な勉強の他に僕を守る為に必要な沢山の護身術や武術等、毎日物凄く頑張っていた。 朝から晩迄殆ど遊ばず努力していたからか、あっという間に波星は様々な事を取得した。 小中高一貫の私立に通っている自分と専門学校に通いながら他にも色々学んでいる波星は互いに忙しい事もあり、全く接点がなかった。 食事の時間も起床の時間も違う。 窓や車越しに姿を見掛ける事はあったが、俺達は殆ど話す事も逢う事もなく成長した。 高校進学時に波星は俺の通う私立に入学した。 1年遅れて俺も進学し、その時漸く俺達は久々にまともな再会を果たしたのだった。

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