9 / 12
devil 9
普段は醜い従者のふりをしているリチャードは、ローズ姫と話すことはほとんどありません。せいぜい挨拶を交わす程度で、そもそもその姿のリチャードに寄っていこうとする奇特な者はいませんでした。ローズ姫もそうです。
しかし、その日は違いました。ローズ姫の方から、リチャードに話しかけたのです。
「リチャード、ちょっといいかしら」
リアム王子が気にする素振りをすると、ローズ姫は首を振り、
「リチャードど二人で話がしたいの。すぐすませるわ」
リチャードが一瞬、リアム王子を伺うように見てきたので、軽くうなずいてみせました。
「かしこまりました、どこでお話ししましょうか」
「そうね、人があまり来ない場所がいいわ」
歩いて行く二人の背中を、リアム王子は妙に胸騒ぎがする思いで見送りかけ、すぐにあとをつけることに決めました。これでは普段のリチャードと同じことをしている、と思いながらも、ローズ姫が何を話すのか気になります。それに、彼女がやけに深刻そうな顔をしていたせいもありました。
「ここでいいでしょうか」
リチャードはローズ姫の要望通り、人目につきにくい物陰へ着いてから聞きました。
「ええ」
「話というのは、なんでしょう」
リチャードが先を促すと、ローズ姫が一つ溜め息をついて、鋭い声音で言います。
「リチャード、貴方、リアム王子に従者以上の感情を抱いているでしょう」
それは問いかけではなく、確認のようにリアム王子には聞こえました。ひやりとしたものが背筋を伝うのを感じます。
そして、リチャードがどんな返事をするのかも気になりました。
「……いいえ、滅相もございません。私が王子にそのような……」
「そんな形式的な答えはいらないわ。正直に答えてほしいの」
「……」
リチャードは何か考えているのか、黙りこみました。
「それに、リアム王子は……きっと、私より貴方を……」
リアム王子はローズ姫の台詞の意味を、なんとも言えない複雑な想いで考えました。つまり、ローズ姫はリアム王子とリチャードが関係を持っていることは知らないかもしれないが、なにかしら勘づいているのだ。それも、純粋に互いを想い合っているなどと、とんでもない疑惑を抱いている。
実際はそんな単純なものではないのですが、説明のしようもありません。
束の間の静寂が訪れました。リチャードは何を考えているのか、こちらからは伺えません。
しかし、ローズ姫が驚いた顔をしているのが見えました。突然、リチャードが笑い声を立てたからでした。
「あり得ませんね。ローズ姫、貴女はとんでもない勘違いをなさっている。私が王子に興味を抱いているのは確かですが、そういった綺麗なものではありませんよ」
「どういう、意味?」
ローズ姫の問いかけに対して、尚も可笑しそうに笑いながら、リチャードは応えました。
「もっと醜くて、歪んでいて、貴女が想像もつかないようなものです」
怖気がするほど、低くて気味の悪い言い方でした。そしてリアム王子が様子を見ているのを知っているかのように、わざとらしく大きな声で言いました。
「あーあ、そろそろ潮時だな。お前はちょっと悪ふざけし過ぎた。あの世で待ってるぜ、リアム」
そしてその言葉と共に、突風が沸き起こりました。ローズ姫が悲鳴を上げて、風に煽られて倒れかけたので、リアム王子は慌てて飛び出し、支えます。
リチャードの姿が発光し、また「悪魔とは思えないほど」神々しい輝きを放ちながら、姿を消していきました。
「リチャード!どこに行くんだ、待て!」
それに目を奪われているうちに、リチャードの姿が見えなくなりました。我に返って叫んだ時にはもう、跡形もなくなっていました。
リチャードが消えてから、リアム王子は彼の行く末を探しました。どうしてこんなに必死になっているのか、自分でも分からないほどでしたが、周りからは鬼気迫るものを感じられていたようです。
しかし、誰一人リチャードのことを覚えている者はおらず、リアム王子が空想で造り上げた存在だと笑われました。
リチャードと出会ったきっかけである本も、父親に許可をもらって探しましたが、見つかりませんでした。自分の部屋は当然ながら、トイレや浴槽、隠し部屋や薔薇園、至るところを探したのですが、本当にどこにもありません。
気になって肌に刻まれたあざも確認しましたが、汚れ一つなく、つるりとした感触がするだけでした。
あの出来事が本当に、自分の妄想だったのかと、狐に包まれたような思いで過ごし、年月だけが静に流れていきます。
ともだちにシェアしよう!