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19 明里は肩で息をしながら、無表情で黙っている龍司の顔を睨む。 『 っ……なにすんだよ…おれは真剣にっ……あんたなら話してもいいかなって思ったのに……!やっ…触んな!』 明里は顔を真っ赤にして口元を押さえながら龍司の手を振り払って、玄関へ走る。 明里は、会って数日しか経っていない人間を簡単に信じてしまった浅はかな考えの自分への嫌悪感と恐怖で涙が止まらない。 明里は龍司のマンションを着の身着のまま飛び出し、行き先も決めずに無心で走った。 外は、既に晩御飯時なのにまだ結構明るい。 龍司が追いかけてきている様子はなかった。 ( ………結局その程度だったんじゃん。別に期待してないけど……もうこのまま終わりになってもいい。なにも信じない……あーおれの荷物置きっぱだ……) 明里は気づくと唯一の家族である姉の華が住んでいる賃貸コーポの前まで来ていた。 共同の駐車場には華の愛車である中古のスーパーカブがとまっている。 明里は外付けの階段を上って、1番奥の部屋のチャイムを鳴らした。 すると、中から聞き慣れた明里が大好きな1番落ち着く声が聞こえ、立て付けの悪そうな木製の扉が開いた。 出てきた華は前会った時より髪が明るくなっていた。 知らないバンドのTシャツに高校の時のジャージを履いている。 『 ん………明里だけど…。ごめん、急に来て。』 明里はいつもは連絡を入れてから来ていたので、少し申し訳なく思う。 『 明里!久しぶり〜!あがってよ。今私しかいないからさ。 外、暑かったでしょ。なんか飲む? 』 華は明里の顔を見るなり、色々と察して今はあえて触れずに笑顔で迎え入れてくれた。 明里はそういう華に何度も救われて来た。 『 ……いま何も飲む気になれないや。ごめん。』 たしかに走って来たので喉は乾いていたが、何か飲食をする気には到底なれなかった。 華は部屋の真ん中で体育座りをしている明里の前に座った。 華の部屋を見渡すと、大学の友人であろう人達との写真と一緒に、勉強机の上に明里が高校入学時に華と撮った写真が白い写真立てに入れられて置いてあるのに気がついた。 ( 前この部屋来た時はなかったよな……。っ…よかった…まだおれは姉ちゃんの家族として存在してていいんだ。) しばらく二人の間に沈黙が続き、部屋に明里のすすり泣く声だけが響いていた。 『 ……明里は昔からつらいとかしんどいとかあんまり表に出さない子だったから…ちょっと嬉しい。……なんて言っちゃダメだよね…。はい、鼻かみなよ。』 華は勉強机の上にあった箱ティッシュを明里に渡した。 『 ん、ごめん……ありがと。』 『 もー!また謝ってる!いいの、こういう時は感謝だけで!明里のそういうとこすごい好きだけどー!』 そうやって無邪気に笑う華を見ていると徐々に元気が出てくる。明里は華にこれまでのことを相談しようか考えたが、華の笑ってる姿を見れただけで十分助かったのでこれ以上迷惑をかけられない。少ししたら明里のアパートに帰ろうと思っていた。 『 ……明里、明里はいい子だよ。大丈夫。私は明里のこと大好きだし、きっと明里の周りにいる人たちもそうだと思う。 明里に助けられたこと何回もあるもん。 だから少なくとも私は明里に頼られるのってすごい嬉しいし、拒絶したりしない。…今日明里が私の家に来てくれて嬉しかったよ。』 華は急に真剣な表情になって、明里の手を握った。 さっき龍司に触られた感触が残っていて、一瞬ビクッと震えてしまったが華の手はあたたかくてとても安心した。 明里は安心して、また涙が止まらなくなった。 龍司とのことは話さないでおこうと思っていたが安心したからか、勝手に口が開いて涙ながらにこれまでの経緯を全て話した。 その間華はずっと明里の手を握って、たまに相槌を打ちながら話を聞いてくれていた。 『 んー、明里はその人のことが大好きなんだと思うよ。』 一通りこれまでのことを聞いた華が言った。 予想外の返答だったので明里は目をパチパチさせ、しばらく理解ができなかった。 『 っ!!!おれが龍司さんのことを……すすす、すっ、すす、すき、?!なんで!!違うよ!男だし!会ったばっかなのに、なんっ……』 予想外の返答に焦って、涙も引っ込んでしまう。 『 あ、龍司さんって名前なのね。 たぶんね、好きだから拒絶されてこんなにつらくなるんだよ。 明里は今までどんなに仲良い友達にも家族のこと話してこなかったでしょ?それをこの人になら話しても良いかなって思えるような存在が出来たってすごいことだよ…。』 華は少し嬉しそうに明里を見つめて言う。 『 ………それはそうだけど、なんで……ききき、キスなんか…。おれは真剣に話してたのに!』 『 龍司さんは明里のこと馬鹿にしてとか拒絶の意味でキスしたんじゃないと思う。 言葉でなんて言ったら良いのかわからないけどとにかく明里が苦しそうなのをどうにかしてあげたかった……とかだと思うけどな。私は直接見たわけじゃないから全部憶測だけどね。』 華の言うことは好きということ以外は怖いくらいしっくりきていた。 ( おれは、龍司さんのことが好き……?龍司さんはたしかに誰が見てもかっこいいし…料理もうまいし、一緒にいるとドキドキしたりするけど…。もしかしてこれが好き…ってこと? ) 『 とにかく!もう一回2人で話してみた方がいいと思う。このまま一生会わないのは絶対後悔する。明里が本気で好きで心から信頼できる存在なら性別とか時間は関係ないよ。明里は愛されてるねえ。』 『 ……っいや愛されてるとかやめろ!たしかにとりあえずもう一回会ってみるけど…。すすす、好きとかいわない…で……恥ずかしい……』 明里は最後の最後に茶化してくる華を軽く睨むが、 華の言葉は魔法のように明里の不安を和らげてくれる。 華は今すぐ戻った方がいいと言ったが、明里は怖くてまだ心の準備ができていないので今日は華の家に泊まって、明日の朝龍司のマンションに戻ることにした。 『 明里が私以外に頼れる場所ができるなら嬉しいよ。こんど私も龍司さんに会わせてね〜!うちの可愛い明里を傷つけたりしたら許さないから!って絶対言う!』 華はそう言いながら明里に抱きつく。 『 やめろ!暑い!!恥ずかしいこと言うな!まだ付き合うとか決まったわけじゃないし……』 『 えっ!!付き合うつもりなんだ!!?へえ……』 『 なっ!違う!もー姉ちゃんうるさい!』 明里は話の流れを変えようと華に晩御飯を食べていないことを伝えると、台所でオムライスを作ってくれた。 小さい頃から華の作るオムライスが大好きで母親の料理をまともに知らない明里にとって華のご飯がお手本で母の味とも言える。

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