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第1話
桜もとっくに見ごろを終え、病室から見えるのは花びらのない花弁のみの赤茶色のものでお世辞にも綺麗とは言えない。
娯楽のないこの部屋から見える景色がこんなものでは治るものも治らないのではないだろうか。
どうせなら、1ヵ月早く入院したかったものだ。そうすれば満開の桜が見られただろうに。
そんなことを思いながら橋本海斗は物憂げにベッドの上から外を眺めていた。
「はー、いつになったら退院できるんだよ。」
贅沢にも1人部屋の病室で、そう独りごちた。
「検査結果が出て、それに異常が無ければすぐにでもって言われてるだろう。」
受け取り手のいない疑問を呟いた筈だったが、たった今病室に入って来た武藤拓也が呆れたようにそれに答える。
退屈に耐えかねている海斗は、暇があれば退院したいと口にして繰り返していたからだ。
「うっせぇ。暇なんだからしょうがねえだろ。右手は使えねえし、桜もなんか汚ねえし気が滅入りそうだ。」
拓也のそんな態度に海斗はむくれた。
海斗は事故で右手を負傷しており、怪我をした体では出来ることも少なく、窓の外を眺めるくらいしかやることがないのだからと。
「………。」
拓也は窓の外をちらりと見てから眉を寄せ何か考えると、海斗の腕を取り、ベッドから起き上がらせた。
「ちょっとついて来い。」
「は?安静にしてろって言われてんだけど。」
「少し散歩するくらいなら問題ないだろう。行くぞ。」
そう言うと海斗の返事も聞かずに腕を引く。
拓也は昔からこうと決めたら引かないところがあり、海斗もそれに振り回されることが多々あった。
今回も、言っても聞かないだろうと海斗は引き止めることを諦め、流れに身を委ねるように病室を抜け出した。
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