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相反する感情1
深夜、ルエルは喉の渇きを覚えて蛇口から水を飲んだ。もうひと眠りしようとした時、エンジン音が聞こえて窓を見る。
こんな時間に来客か、それとも誰かが外出するのかと思って見下ろすと、見覚えのある車が屋敷から出て行くところだった。特に不自然なところはない。しかし、思い返してみればエドウィンは度々こうして夜中に出掛けているようだ。
なんとなく気になって後を付けてみたくなったが、行き先も知らずに車の後を追いかけるのは至難の業だ。そこで他のエドウィンが所有する車を無断で拝借することにした。無論、免許はないので精々捕まれないように注意を払う。
ゲートを出る時、厳重な警備を敷かれているはずの門が易々と開いた。それに疑問を覚えたが、今はエドウィンを追いかけることに徹する。
尾行は見抜かれないようにする必要があるが、なにぶんうまい運転などできないので、ひとまずある程度距離を置いてついていった。
エドウィンの車が止まったのは、夜中に営業しているカジノの前だった。うまく本人のイメージと結びつかないが、それはひとまず横に置いておく。
さすがに中まで追いかけるには身分証でもいるだろうと思って路肩に止めると、エドウィンはカジノの中に入って行ったが数分とせずに出てきた。そして一人の男を連れている。仕事仲間だろうか。
そのまま車に戻るのかと思ったが、エドウィンは男を連れて路地裏に入って行った。無断駐車かもしれないということは考えないようにして、車から降りて後をつける。
何かを殴りつけるような音がした。繰り返し、繰り返し、断続的に。嫌な予感がして暗がりに目を凝らすと、想像していたのとは違う光景だった。
「すみません、すみません。お許しを」
血だらけになりながら情けを乞うているのは、エドウィンではない。連れられていた男の方だった。その男を蹴りつけているのは。
「エドウィン……」
思わず久方ぶりに声を漏らした。長い間口を利けないふりをしていたせいなのか、それとも信じられない光景に絶句したせいなのか、みっともなくも声が掠れる。
小さな声だったのだが、エドウィンはその音を耳聡く拾い上げたらしく、顔を上げる。ルエルの姿を認めると、まるで別人のように瞳孔を開かせて荒く息をつき、歪んだ笑みを浮かべた。
「あっれえ?ルエル坊ちゃんじゃないの。人形のふりはやめたのかい?」
靴底ですっかり伸びている男を踏みつけながら、にたにたと嫌な笑いを浮かべて近づいて来た。
「お前こそ、善人のふりはやめたのか」
「善人?やだなあ。どっちも俺だよ。あいつには今眠ってもらっているんだ昼はあいつの領域だが、夜中は俺の領域だからな」
「おかしなことを言うんだな」
自分のことなのに、まるでもう一人別の人間の話をしているような。そこまで思って、ある可能性に行きついた。
「まさか、お前……っ、んむ」
突然、言いかけた言葉を塞がれた。エドウィンの冷たい唇を押し付けられて、目を剥いていると、そのまま舌先が捻じ込まれてくる。身を引こうとしたが、ブロック塀に追いやられた。
「あれ?意外と大人しいね、ルエルちゃん。てっきりあんたのことだから、俺の舌を噛みちぎってでも逃げると思ったんだが」
「たかがキス一つで調子に乗るなよ。そんなにばらされたくない秘密だというのなら、俺の弱味でも握って脅してみろ」
口を拭いもせずに睨みつけながら笑うと、向こうも同じように笑いながら言った。
「弱味?嫌だなあ。あんたを貶める行為はいくらでも思い付くんだけど、そのお楽しみはあいつの方がしたがっているからなあ。どうせなら俺らしいやり方をしないとね。よし、決めた」
エドウィンは不意に顔を離したかと思うと、無遠慮にルエルの体を撫で回しながら、絡み付くような声で言った。
「秘密がばれてしまったからには、あんたにも仕事を手伝ってもらうぜ。もしうっかり他所の人間にばらした時には、あのまま死刑された方が良かったと思わせてやる」
普通は、ここでは自分が言うことを聞かせるところじゃないのかと思いながらも、ぞくぞくするような刺激的な予感に興奮を覚えた。
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