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相反する感情2
翌朝、いつもより遅い時間に目を覚ますと、エドウィンは庭で絵を描いていた。景色でも描いているのかと思って覗き込むと、涙を流して天に祈っている悪魔の絵だった。許しを乞うているようにも見えて、どこから見ても悪魔であるのに、天使よりも清く美しいと思えた。
「あ、ルエル。起きていたんだ。おはよう。おそようかな?」
物音に気が付いたのか、キャンバスから顔を上げてエドウィンが挨拶をしてきた。その顔には、昨晩のような面影はない。
試しにぐっと顔を近づけてみると、瞬時に顔を赤らめて慌て出した。
「え、な、何?どうしたの?」
今のエドウィンに何をしたところで、何の意趣返しにもならないのだが、悪戯心が湧いてきて、そのまま口付けてみた。
「なっ……」
唇を離すと、目を見開いたまま固まっていた。顔は信号機やポストのように赤いままだ。
「ごちそうさま」
耳元で囁くと、それで我に返ったのか、えっとか嘘、とか呟いていた。
驚いていた様子を見るに、予想通り昨晩の記憶は今のエドウィンにはないのだろう。しかし恐らく、あのエドウィンは全て記憶しているに違いない。
多重人格というのは本で読んだことがあるが、実物を見るのは初めてだ。一般的な知識だと、多くは心因性のものだと聞くが、一体このエドウィンにあの人格が生まれるほどの何があったのだろう。
しかしそれを心配するよりも、不謹慎だと思われるだろうが、正直面白がる気持ちが強い。所詮、人は自分の身に降りかからない限り、どんな悲劇も他人事なのだ。
「ルエル、今のは一体どういうつもりで……」
ようやく放心状態から脱したのか、エドウィンが詰め寄ってくる。その瞳は熱っぽく潤んでいた。
まずい、と本能的に悟った時には既に遅かった。エドウィンは飛び掛からんばかりの勢いでルエルの体に抱きつこうとし、反射的にそれを避けようとしたところ、何かに躓いて後方に倒れてしまう。
「危ないっ」
エドウィンが叫び、腕を引っ張ってくれたようだが、今度はそのままの勢いで前方に倒れ込んだ。
その衝撃で一瞬閉じた目を開くと、エドウィンを押し倒したような体勢で上から見下ろしていた。
「いたた……。ルエル、大丈夫?」
自分の方がよほど痛い思いをしているだろうに、ルエルの方を心配している。
そのことに何故だか胸に痛みを覚えて、戸惑う。
「どうして」
「え?」
「どうしてお前は」
理由の分からない感情に戸惑うほどに、ふっと暴力的な衝動も込み上げる。
この男は自分の本当の姿を知らない。だったら、痛め付けて、分からせてやりたい。
そして懐しささえ感じるその感覚のままに、拳を振り上げかけて、寸前でエドウィンの額からたらりと伝った赤い血筋を見て止まった。
「ルエル?」
ルエルが何をしようとしていたか全く分からないでもないはずだが、変わらず不思議そうに、そして深い情を宿して名前を呼んでくる。
負の感情が途端に鎮まり、反対に何かの感情が沸き起こるのを抑え込むようにして、血が出てると伝えた。
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